土曜日, 04.07.2009


木の実小径 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

桐生たう

Heaven Hill

この丘からはすべてが見える。

この丘からはどんなに小さいものも見ることができる。

陽の当たる坂道での幼子のいたずらや、街灯のちらつく裏道での酔っ払いの独り言。

冷たい風の中のいたわりの眼差し、ぬるい空気の中で企まれる陰謀。

寝覚めた独り寝の冷たい憤りも、ささやかに営まれる木々の息吹も、

隠されるべき優しい真実も、明かされるべく黒い真実も、

ここからはそのすべてを見ることができる。

この丘では、人は嘘をつくことができない。

この丘で、人はみな裸にならなければならない。

人はこの丘で、覚えのない賞賛を受けることもあるし、

人はこの丘でどんな小さな罪も償わなければならない。

小さな丘だ。

なんの違いがあろう。

どんな丘とも。

それでもこの丘からはすべてが見える。

この丘からはどんな小さなものも見ることができる。

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猫的な女 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

綾部貴子

 以前、数人で飲みに行ったとき、誰々を動物にたとえるとなんになるか、という話になった。

 最初は共通の知り合いのことなどを、ああでもないこうでもないと話していたのだが、次第に自分たちはどうかということになった。

 「あんたはヤギだ」「あんたの歯の出具合はリスだ」などと言い合っているうち、一緒にいたある女の子に話が向いた。

 「自分は猫だと思うわ」

 彼女がそう言った時、一同が沈黙した。あまりに意外な言葉だったのだ。

 気まずい雰囲気に、彼女はあきらかに傷ついたようで、「えー、そうかしら、私、猫じゃないかしら」と繰り返していたが、誰も否定も肯定もできなかった。

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犬は吠えるが、バラ線越は続く。 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 随筆

氷見 公美恵

「バラ線越え」。

 千葉県の片隅、K女子寮で暮らす122人の 女子大生たちは、門限破りのことをそう呼んでいた。いや、きっと今もそう呼ばれているに違いない。

 K寮の門限は致命的な 時。合コンではこれから2次会、テレビでは茶の間の話題をさらうドラマが始まろうという時間である。

 その 時に1分、1秒たりも遅れてはいけない。恐るべき罰則—風呂掃除(4畳半ほどの浴槽が2つもある!)、草むしり(夏期のみ。炎天下のなか、テニスコートの周りを何周も)、夕食後の後片付け、挙げ句の果てに1ヵ月の外泊禁止が、彼女たちを待っていた。

 だから122人の女子大生たちは、その2m はある金網の上、五線譜のように張られたバラ線を、毎夜毎夜越えてくるのである。

  バラ線を越えるまでの手順はこうだ。外から友人に電話を入れ、門限までに帰ることができないと伝える。伝えられた友人が果たすべき役割は2つ。1・電話を 切ると素早く玄関へと走り、彼女があたかも部屋にいるように、点呼ノートにその子の名前を書く。2・彼女が登ってくるばら線に一番近い場所の非常口を開け ておく。そしてその子が部屋のドアをノックしてくれるまで、ビクビクしながら時を過ごすのである。

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ちどり足/古井戸 PDF 印刷
渡良瀬物語 - 渡良瀬物語

毎日酔っていたような時代があった。

不思議と夏の夕方に限って線を引いていく飛行機雲。

海から遠く離れた人口五万足らずの田舎の街にも、南風はいつも潮の匂いを運んできた。

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バレリーナの孤独 PDF 印刷
小説

高柳あきら

 その日もいつものようにバーレッスンから始まった。時間前に各自で充分なストレッチを済ませ、すでに汗をにじま せながらバーに向かう。シニヨンからはみ出した後れ毛がしっとりと濡れている。心地よいほどに暖まった体が、柔らかくバーに沿う。バーは何人もの体を静か にうけ止めている。滑らかなピアノの音。腕は三番、足は一番にして息を吸いながらゆっくりと体を倒してゆく。そして少しずつ息を吐きながら、倒すときより も更にゆっくり体を起こす。空にそっと筆を降ろすように優しく撫でる指先。プリエから前横後ろとバットマン・タンジュ。ドゥミ・ポワントのルルヴェをして バーの手を離し五番へ。

  ピアノはアップテンポに変わった。股関節から爪先までがせわしなく動く。上半身は何事もないかのように、表情はあくまでも穏やかに保つ。バーには手を添え るほどに、むしろバーなどないものと思わなければならない。どうしても意識が爪先に集中しすぎるせいかバーを握りしめてしまうと、ギシッとい微かな軌みが 注意を促してくれる。少し息が荒くなるが。決して苦しい顔は見せられない。パッセ、パ・ド・ブーレ、アッサンブレ、ジュテ、パ・ド・ブーレ—一連の動きを 右へ左へと何度も繰り返す。

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バニーガールのためいき PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

本田ノリコ

 まず、心の中に、傷を持っているということ。そして、その傷に気づかずに、静かに戸惑いという血を流し続けてい るということ。その姿は、小さな動物が、物音におびえて震えている様を思い出させる。怖がらなくていいのよ。こっちにおいで。私が抱いていてあげる。私の 手の中で、「安心して」震える動物を見て、私はいとおしさでいっぱいになる。

 でも、最初にあの男を見た時は、傷ひとつない様に見えた。どちらかというと、そんなものに気づかないぐらい鈍感で、元気で、偉そうなやつなんだろうな、ぐらいに思っていた。あの男は、私の中でどうでもいい存在だったのだ。あの瞬間までは。

 引っ越しをして、一人になった私は、穏やかに暮らしていた。

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人生が二度あれば Part2 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

 アタシ、昨日まで女だったんです。あらやだ、まだ女のときの口調になってるわ。もとい、ワシは、いやオレは、 うーんと、ボクは昨日まで女だったの。いや、女だったんでゴワす。いやいやいくらなんでも「ゴワす」はないだろう。まだ男言葉に不慣れなものでごめんなさ い。実はボク、昨日性転換手術を受けてついに男になったんだ。今日から男としての第一歩。あぁどうしよう、うれしいような悲しいような、恥ずかしいような ザマアミロのような、不安が一杯のようで希望も一杯、ドキドキしながらワクワクしてる。

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高級食品るさんちまん PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

秋田コリス

2月7日のフジTV『料理の鉄人』のテーマ食材はタカアシガニだった。

 私はこの番組を夫と一緒に見ていた。数匹のタカアシガニ※がいる大きな水槽に鉄人と挑戦者が歩み寄り、カニを選ぶ。挑戦者がまないたに乗せたのは、脚を広げると3メートルはあるという巨大なやつだった。

  私が最後にカニと名のつくものを食べたのはいつだったろう。確か昨年の夏だ。新木場の南砂町運河で釣り上げたガザミをダシにした味噌汁を食べた。それ以 前、もっとまともに「カニを食べた」いえるのはいつだったか、ということになると、もうおととしの秋になる。アメヨコで上海蟹を何匹か買ってきて、家で蒸 して食べた。いずれにしても、タカアシガニとは比べものにならないくらい小さい。

 ブラウン管の中では、挑戦者がカニの甲羅をガポッと開けたところだった。

 「あれくらい大きいものになると、カニにもちゃんと内蔵があることがわかるねえ」

と、妙なことに感心しながら夫に言うと、

 「あれくらい大きいとミソもいっぱい詰まってるだろうなあ」

と、彼も半ば感嘆しながら言う。

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本を捨て、野に出て宝を探そう ! PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

廣中克彦

 私は本屋さんの店頭で、埋蔵金というタイトルを見ると、必ず買い込みます。つい昨年もどこかのテレビ局で、赤城山を盛んに掘っては「出るぞ、出るぞ。」と宣伝し視聴率を稼いでいました。

 これまたウサン臭くて高名な某デザイナーと俳優が尤もらしい理屈を述べて、善良でお金に飢えた庶民を欺いていました。しかし、付け焼き刃の知識で見つけられるほど、このテーマの埋蔵金は簡単に出てきません。

 案の定、数億円も使ったこのプロジェクトは失敗でした。私はずっと大昔からこの手の話に興味を抱いて、いつか徳川埋蔵金の謎を解くべく日々研究してきましたから、時期到来とばかり推理に熱中しました。

 そして、最近になって遂にその答えを得たのです。

 このような宝さがしをトレジャーハンティングといいますが、私のは推理するだけです。現地にも行かず、掘りもしません。あくまでも机上の推理だけです。

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森で PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

高柳あきら

 それは、蒼く蒼く、深い深い森の夜。月光も凍てつく森に、彼はやってきました。
 私はその夜、初めて彼を見ました。

 もしかしたら、彼はもうずうっと前からこの森に足を運んでいたのかもしれません。でも私にはわかりませんでした。一日も早くさなぎになりたくて、夢中で樹液を吸う毎日だったのですから。

 月の光は不思議です。その夜は今までに見たことのないほどの、白く透きとおった光。何か信じられないようなことが起こったとしても、素直に受けとめられそうでした。(例えば私が白鳥になってしまうとか!)

 そんな夜、私はさなぎになりました。そして彼の姿に初めて気がついたのです。

 彼はゆっくりと歩いて行きます。真っ白いキャンバスを抱えて、草を柔らかな音で踏みしめながら。そして(まさにそこが運命の場所であるかのように)立ち止まると、丁寧にキャンバスを立てました。

 夜の森に白いキャンバス。まるで月がそこだけを照らしているような、そうでなければ、キャンバスが月光を吸い込んでいるかのようでした。

 彼はぐるっと一回り、森を見渡しました。もちろん私に気づくはずなどありません。広い森の中のちっぽけな私。手を動かすことも足を動かすこともできない、私はさなぎ。

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夜空のダンス PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

森崎 新糸

 なんで、生きてんのかな?

 ——— そんなことを考えるようになったのは、ごく最近だ。半年くらい前からこの日本(なぜか日本だけ)に起こり始めた数々の奇妙な現象に、最初は少々驚い た。……が、もう慣れた、と言うよりどうでもよくなってしまった。知識人たちが、結論がでないと分かっている討議を繰り返し、諸外国が、いい機会だとばか りに市場開放の圧力をかけ、政府・官僚機構が、「国家って、結局なんなんだ?」と茫然と思っているとき、———ぼくを含めた学生たちは、「ほっといてく れ」と言って、『日本』というダンス会場から離れつつあった。 

(踊りにきませんか?)

(自由に)

(好きな)

(ダンスを )

 ………………夢だった。

 目の前は一面、夜空だった。『宇宙』ではなく、『夜空』だった。見えたものはそれだけで、あとは声が聞こえてくるだけだった。

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ポスターカラー/古井戸 PDF 印刷
渡良瀬物語 - 渡良瀬物語

降りしきる雨。
街中の何もかもがにじむ風景を彼女は好きだと言った。

途切れた会話の続きを始めるまで、いつまでも外の景色を眺めていた。

彼女は植え込みの緑を見る。

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私の愛した男たち III PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

石井 淳子

 電話が鳴った。

 私は読みさしのペイパーバックをコーヒーテーブルに伏せ、ひざ掛けを脇によけて立ち上がった。春とは名ばかりで、夜はまだ冷える。テーブルの上の置き時計に目をやると、もう夜の十一時半をまわっていた。今日は夫は出張で不在だ。誰だろう、こんな時間に。

 静まりかえったリビングで、電話は執拗に鳴り続けている。息を整えてから受話器を取った。

 「もしもし」

 「……」

 いたずら電話に違いない、と思ったその時。

 「……石井さんの奥さん、ですか」

 押し殺した低い声だったが、聞き違いようがなかった。あの男。

 「どうしているかと思って」

 それはこっちの台詞だった。二年ほどつきあった後、振られたのは私の方だ。目をぎゅっとつぶってうつむいて髪をかきあげた。この姿勢でなら痛みに耐えられるとでもいうように。

 「会いたいんだけど」

 「どうしてよ。今さら、何の用なの」

 「……」

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a tempo− ピアノの想い PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

高柳あきら

 あなたの指がppで降りるとき、わたしはそっと響き出します。その瞬間を本当はいつも待ち望んでいるなんてことは絶対ばれないようにそっと。それはとてもとても心地よく、柔らかなメロディが始まるとともに、その中にわたしはゆっくりと溶けてゆきます。

 あなたはいつもしゃんと背筋を伸ばしてわたしと向かい合い、曇りのない視線をわたしに注ぎます。もしかしたらあなたは自分の指の動きを追っているだけなのかもしれないけれど。だけどわたしはそんなあなたに応えるべく、求められたメロディを響かせるのです。まるできつつきのくちばしの動きに合わせて、森中の木々が規則正しく響き合うように。この喜びはとても言葉では言い表わせません。うっとりしすぎて、我を忘れてしまいそうになることだってあるのです。

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記 録 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

ドコレ・ドルワ

 記録の季節がまたやってきました。

 オリンピックの世界新記録連発のラッシュの前触れが、カール・リプケンの連続野球試合出場「世界記録」でした。日本のマスコミが騒いでいましたが、衣笠祥雄の日本記録に並ぶ試合の球場の客入りはたったの5割でしかありませんでした。

 カール・リプケンがもう既に大リーグの記録を達成した時にアメリカの騒ぎは終わりました。「世界記録」と日本のマスコミは大騒ぎになっていましたが、いったい「世界記録」は何の意味を持つものでしょうか。

 アメリカでは大リーグは「世界」を意味します。ところが、日本では「世界」が日本とアメリカのプロ野球のことらしいのです。

 連続試合の「記録」を達成した時に、もっとも冷静だったのはリプケン本人はもちろんですが、この記録を冷静に見つめるもう一人の人物がいました。デーブ・ジョンソンです。巨人にいたあのジョンソンです。

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ソフトクリームを食べる男の談話 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

竹屋沙緒竹

 イタリア映画を見ていたら、背広姿のダンディな初老の男2人が山盛りのソフトクリームにしゃぶりつきながら繁華街を歩いているシ−ンがあった。日本でいえば、さしずめ三船敏郎と三国連太郎あたりが駅前商店街をじゃれあいながら、てんこ盛りのベリーソースがけバニラアイスクリームを口のまわりにいっぱいつけてかぶりついている、といった感じだろうか。

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