火曜日, 07.09.2010


崖の女 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

土井マクベス

 

 河原の道路では、キャッチボールをしていた。これから始まる試合のウォーミングアップのようだ。隣のグランドでは、試合の掛け声や応援が五月の澄みきった空に響いていた。河川へ通じる急傾斜な自動車道まであふれてトレーニングをしている。正面グランドの試合が長引いているのが、トスバッティングをする選手のイライラでわかった。こぼれ球に注意を払いながら、その脇を通って道路を渡った。トスの打球がオーバーして、ごめんごめんと謝る声が聞こえた。

 公園の入り口でアイスキャンディを買った。自転車の荷台にくくりつけた幟の「昔懐かしい味」というコピーにつられてしまった。一本五〇〇円だというので思わず、高い!と叫んだら、若いキャンディ売りは、引きつった笑みを浮かべ、仕方がないという表情を示してから言った。

 「わたしのせいじゃないの。亭主がこの値段で売れと命じるの」

 そう言われると男の影に怯えて引っ込みもつかなくなって買ってしまった。一本を二人で食べるほど、親しいわけではないから、二本求めて、連れの女に一本を渡した。

 「キャンディを食べると幼少の頃を思いだすんだよ。あ、幼少というのは、殿さまのような位の高い人の子供時代を尊称する言葉らしい」

 今、買ったアイスキャンディを食べながら、哲也は女の方に眼を向けた。

 「ということを、昨日生徒に教わったよ」

 女はクスッと笑った。

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花言葉/古井戸 PDF 印刷
渡良瀬物語 - 渡良瀬物語

どんな芝居だったか覚えていない。

地方都市の小さな劇団が年に二回行う公演の千秋楽、秋の夜、

打ち上げの宴席は連日続いていた不安と緊張の舞台から解放されにぎやかだった。

確か雨が少し降っていたその夜、樸が店の出口で貴女に渡した花束は、舞台を飾った色彩だ。

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本を捨て、野に出て宝を探そう ! PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

廣中克彦

 私は本屋さんの店頭で、埋蔵金というタイトルを見ると、必ず買い込みます。つい昨年もどこかのテレビ局で、赤城山を盛んに掘っては「出るぞ、出るぞ。」と宣伝し視聴率を稼いでいました。

 これまたウサン臭くて高名な某デザイナーと俳優が尤もらしい理屈を述べて、善良でお金に飢えた庶民を欺いていました。しかし、付け焼き刃の知識で見つけられるほど、このテーマの埋蔵金は簡単に出てきません。

 案の定、数億円も使ったこのプロジェクトは失敗でした。私はずっと大昔からこの手の話に興味を抱いて、いつか徳川埋蔵金の謎を解くべく日々研究してきましたから、時期到来とばかり推理に熱中しました。

 そして、最近になって遂にその答えを得たのです。

 このような宝さがしをトレジャーハンティングといいますが、私のは推理するだけです。現地にも行かず、掘りもしません。あくまでも机上の推理だけです。

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Far night(夜の翼)/南佳孝 PDF 印刷
渡良瀬物語 - 渡良瀬物語

お話は後日。

 
森で PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

高柳あきら

 それは、蒼く蒼く、深い深い森の夜。月光も凍てつく森に、彼はやってきました。
 私はその夜、初めて彼を見ました。

 もしかしたら、彼はもうずうっと前からこの森に足を運んでいたのかもしれません。でも私にはわかりませんでした。一日も早くさなぎになりたくて、夢中で樹液を吸う毎日だったのですから。

 月の光は不思議です。その夜は今までに見たことのないほどの、白く透きとおった光。何か信じられないようなことが起こったとしても、素直に受けとめられそうでした。(例えば私が白鳥になってしまうとか!)

 そんな夜、私はさなぎになりました。そして彼の姿に初めて気がついたのです。

 彼はゆっくりと歩いて行きます。真っ白いキャンバスを抱えて、草を柔らかな音で踏みしめながら。そして(まさにそこが運命の場所であるかのように)立ち止まると、丁寧にキャンバスを立てました。

 夜の森に白いキャンバス。まるで月がそこだけを照らしているような、そうでなければ、キャンバスが月光を吸い込んでいるかのようでした。

 彼はぐるっと一回り、森を見渡しました。もちろん私に気づくはずなどありません。広い森の中のちっぽけな私。手を動かすことも足を動かすこともできない、私はさなぎ。

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a tempo− ピアノの想い PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

高柳あきら

 あなたの指がppで降りるとき、わたしはそっと響き出します。その瞬間を本当はいつも待ち望んでいるなんてことは絶対ばれないようにそっと。それはとてもとても心地よく、柔らかなメロディが始まるとともに、その中にわたしはゆっくりと溶けてゆきます。

 あなたはいつもしゃんと背筋を伸ばしてわたしと向かい合い、曇りのない視線をわたしに注ぎます。もしかしたらあなたは自分の指の動きを追っているだけなのかもしれないけれど。だけどわたしはそんなあなたに応えるべく、求められたメロディを響かせるのです。まるできつつきのくちばしの動きに合わせて、森中の木々が規則正しく響き合うように。この喜びはとても言葉では言い表わせません。うっとりしすぎて、我を忘れてしまいそうになることだってあるのです。

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こんな気持ちのまま.../浜田省吾 PDF 印刷
渡良瀬物語 - 渡良瀬物語

お話は後で。

 
「向日葵」の記憶 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 随筆

 片寄 窓吉

一九四五年八月、戦争は終わった。

 もの音というもの音がピタリと止んで、白く乾ききった日が何日も続いた。空はことに静かだった。

 診療室の電灯のまわりを数匹のふとった蝿がとびまわっていた。

 「君は、どうするんだね?」

 軍医はひげをあたりながら言った。

 「田舎へ帰ります」

奥の部屋から看護婦の声がした。

 「ああ、東北だったね」

 「はい、青森です」

 「そうだ、いつだったか林檎をもらったことがあった。ありゃあうまかったなあ」

 「先生ったらあのとき、両手に林檎を持って、かわるがわる噛ったりして……」

 「そうそう、あんまり珍しかったもんだから……で、ご両親は?」

 「元気でいると思います。田舎へ帰ればわずかですけど田畑もあるし、食べるには困らないから……」

 「そうか」

 「先生は?」

 「おれか?」

 軍医は剃刀を宙に浮かしたまま、

 「おれはどうなるのかなあ……」

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古河液東口 PDF 印刷
渡良瀬物語 - 渡良瀬逍遥

古河液東口

西口の木造の駅舎を覚えているだろうか?

もちろん、君に聞いているんだが。

向かって右側に交番、左には駅そば屋、キオスク、そして、確か公衆トイレがあった。

思い出してくれたかい? 

樸はここでデートの待ち合わせをしたり、そして、別れの場所だったりもした訳だが、もう消えてしまった、ということ。

今は新幹線が止まっていても違和感のない程にシャープな駅になってしまった。

「まあ、すっかりご立派になって! 見違えてしまいましたよ」

(写真は現在の東口)

 
Old Friends/Simon & Garfunkel PDF 印刷
渡良瀬物語 - 渡良瀬物語

「老いる」ということ。

老い、というと直ぐに思い浮かべる映画のシーンがある。

デイビッド・リンチの『ストレートストーリー』。

主人公の老人が旅の途中で知り合った若者に老いについて聞かれ、「年をとって最悪なことは昔のことを覚えていること」と吐き捨てるように言う。

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やぶにらみの「こんにゃく問答」 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

服代裕康 

 新聞や本などを読んでいて、「?」と思うことや「なるほど、そういうことだったのか」とひとりごちたり、間違いをみつけて「あっ、やってるな」と、にやりとしたりすることがある。

 なかには、そのことのほうが気になって、本論などどうでもよくなってしまうことがあったりする。「鹿を逐う者山を見ず」の類である。
 それらのことを思い出すまま、アットランダムにとりあげてみよう。もとより、言語学などというアカデミックな学を修めているわけではないので、編集の現場からみたやぶにらみの論議である。

 ことばは生きているという。生きている人間が扱うのだから、時代や場所、状況によって変化するのは当然だ。

「新しい」という形容詞。語源は「改める」からきている。改めるから、新たになる。だから「あらたしい」が元のことばになる。それが語順が入れ替わって「あたらしい」になったという。島崎藤村は、「あらたしい」というのが、本来であるから、みんなが「新しい」といっても一人「あらたしい」といっていたそうである。これは、高校のとき、人からきいた話なので、どこまで本当かわからないが、妙に印象に残っている。

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『JM』—�記憶屋ジョニー�の映画についての話 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 評論

竹屋紗緒竹

  1950年代のアメリカ製SF映画が扱ったものは、巨大蟻や宇宙からの人食い人参といったものだったが、1960年代中頃になってようやく「華氏451」 や「2001年宇宙の旅」といったようなSF小説を素材とした映画が出始めた。その頃の批評家たちが問題としたのは決まって小説との�関係�だった。

  問題とされたのは原作と映画のどちらがよかったか、ということではない。その問いは愚問だ。なぜなら映画化された小説は、その時点でもうすでに原作者の手 を離れ、映画というまた別の表現方法によって、監督と脚本家の手で再構成されるからだ。要は小説を映画に�翻訳�する場合(特にSF小説の場合)、小説の 場面場面を文字どおり移し替えようとすると原作者の真の意図がすっぽりと抜け落ちて、単なる�SFアクション�ものや�宇宙戦争�ものになってしまうきら いがある、ということだ。

 CGやSFXはすばらしいが、原作中のエキスが抜けているとあっては映画の醍醐味に欠ける。

 映画�JM�はスリルとサスペンス、アクションそしてロマンスあり、とそれなりに楽しめた。だが結論からいってしまえば、原作�記憶屋ジョニー�を個人的に気に入っていただけに、映画�JM�のラストは残念だった。

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ソフトクリームを食べる男の談話 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

竹屋沙緒竹

 イタリア映画を見ていたら、背広姿のダンディな初老の男2人が山盛りのソフトクリームにしゃぶりつきながら繁華街を歩いているシ−ンがあった。日本でいえば、さしずめ三船敏郎と三国連太郎あたりが駅前商店街をじゃれあいながら、てんこ盛りのベリーソースがけバニラアイスクリームを口のまわりにいっぱいつけてかぶりついている、といった感じだろうか。

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猫っ毛の猫のお手入れ法 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

加賀見りら

 

 なるほど猫っ毛とはよくいったものだと納得がいったのは「りゅうのすけ」と出会ってからだ。たまたまりゅうのすけがそういう毛質の猫なのかもしれないが、まったく被毛にコシというものがない。逆に世の中の猫はみんなこういう風に猫っ毛なのかと思っていたら、友人宅のアメリカンショートヘアが強い(こわい)艶のあるツルツルした毛質だったので驚いた位だ。

 道産子猫のりゅうのすけは、図体ばかりばかでかく、「ありゃ化け猫だ」と家の者たちから後ろ指さされつつも、飼い主のわたしだけは「純白の美猫」「福を招く猫」と自負している。

 8年も連れ添って近年中年太りしてきたことはいなめないけれど、それをまた他人から指摘されるのは悔しかったりして、お腹のたるみは貫祿だい!りゅうのこと言えた義理じゃなかろう!と心の中でやり返している。

 初夏は毛変わりの季節。わが家は白い抜毛の荒野と化す。コシのない毛はほわほわと空中を漂った末床に落下し、戸の開け立てや人と猫の通行によって起こる空気の微妙な対流をそのまま形作るかのように、荒野の枯れ草がからっ風に吹かれてイガイガの玉状となって転がってゆく様を見事に再現してくれる。

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デジタル三国志 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

ハロルド坂田

●前号までのあらすじ

  写植屋一筋三十年、精力絶倫の大塚利夫と真面目で無欲なグラフィックデザイナー山ノ内四郎、その先輩の坂上龍一の三人は渋谷のサウナ『ピーチプラザ』で兄 弟の�ちぎり�を結ぶ。出版、印刷業界に吹き荒れるデジタルの嵐を乗りきるために。しかし、デジタル革命でズタズタになった人間関係は予想外の展開となっ て行く。

第3章◎不吉な予感

 南青山の事務所に着くと、アシスタントデザイナーの荒木百合子が掃除をしているところだった。

 「いやに早いねェ、どうしたの」坂上は部屋の時計を見上げながら言った。8時 分だ。(いつもは 時近くにならないと出てこない荒木が今の時間に掃除だなんて)

 「社長、昨日はすいませんでした、赤目印刷の大島さんが原稿を取りに来たので渡しておきました」

 荒木はいつもの元気な声で言った。(そう言えば昨日の夕方、出力センターにそのデータを渡した後、帰り道にサウナへ行ったんだっけ)坂上は『ピーチプラザ』での大塚、山ノ内との兄弟の�ちぎり�ですっかり昨日の仕事を忘れていた。

 

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私の愛したオトコたち(第1回) PDF 印刷
ぶんぶんぶん - エッセイ

石井淳子

 ついこの前のことだ、私がアジアでの放浪生活に終止符を打ったのは。その旅の途中、或いは日本の国内で、実に色々な男と知り合った。恋に落ちたのもいれば、そうでないのもいるが、いずれにしても味わい深い連中であった。その愛すべき男どもを、毎回一人ずつ紹介していきたい。

 連載第一回目は、やはり思い出深い中国からスタートしよう。私は学生時代、中国に二年間国費留学した。中国かフランスかでしばらく迷ったが、なりゆきで前者になった。奨学金さえふんだくれば後はこっちのもの、大学なんぞには行かずに、ひたすら旅行して歩いた。内モンゴル、シルクロード、シーサンパンナ…。しかし、中国とそこに住む人々について、知れば知るほど、どうしても好きになれなかった。文革を乗り越えてきた中国人民は非常にしたたかだ。一緒にいるこちらは振り回されて、ぐったりしてしまう。しかも不衛生。傲慢。ルーズ。そんな連中が「十二億プラスマイナス二億人」もひしめいているのだ。こんな国に留学するなんて正気の沙汰ではない、と気づいたときには遅すぎた。

 

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