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| a tempo− ピアノの想い |
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| ぶんぶんぶん - エッセイ |
高柳あきらあなたの指がppで降りるとき、わたしはそっと響き出します。その瞬間を本当はいつも待ち望んでいるなんてことは絶対ばれないようにそっと。それはとてもとても心地よく、柔らかなメロディが始まるとともに、その中にわたしはゆっくりと溶けてゆきます。 あなたはいつもしゃんと背筋を伸ばしてわたしと向かい合い、曇りのない視線をわたしに注ぎます。もしかしたらあなたは自分の指の動きを追っているだけなのかもしれないけれど。だけどわたしはそんなあなたに応えるべく、求められたメロディを響かせるのです。まるできつつきのくちばしの動きに合わせて、森中の木々が規則正しく響き合うように。この喜びはとても言葉では言い表わせません。うっとりしすぎて、我を忘れてしまいそうになることだってあるのです。
そんな想いを知ってか知らずか、あなたは様々に指を踊らせます。largoからadagioへ、moderatoからallegretto、そして allegroへ。流れるようなスラーの後には突然のスタッカート。わたしときたらあなたについてゆこうと、それはもう必死なのです。ちょうど終わることのない回転木馬に乗っているよう。あなたはわたしのことを心配しているかもしれませんね。あなたの指の動き通りに響くわたしのことを。わたしが本当は違ったメロディを奏でたいのではないか、好きなように響きたいのではないかと。けれどそんな時間がわたしにとってはこの上なく幸せで、わたしがわたしで本当に良かったと、心からそう思うのです。(第一にわたしは自ら響くことはできないのですから。あなたがいて初めて響くのですから!) 時には不安になることもあります。あなたに一瞬の遅れをとることなく、求められたとおりに響いてあげられているのかどうか。あなたは何も言ってはくれないから、わたしは触れる指の感触であなたの心の中を探ろうとするけれど、それはとうてい無理なことなのかもしれません。わたしとあなたをつないでいるのは、5線の上に並べられた音符たちだけ。わたしをからかうように3拍子や4拍子と変化する、とても不安定なもの。だからあなたを信じて、そして私自身をも信じて(とても頼りないけれど)、精一杯響くしかありません。できる限り遠くまで、できる限り誠実に。 でもわたしはわたし以上にはなれません。長調には長調で、短調には短調で応えることしかできないのです。本当は悲しみを喜びに、苦しみを安らぎに変えてあげたいのに、わたしにはどうすることもできません。誠実な響きで応えてあげられればいいと思う半面、そんなわたしに憤りを感じてしまうのです。それでもわたしがわたしでしかないという現実を見つめるしかないのでしょうか。あなたのメロディに正直に響いて一生懸命ついてゆくわたしと、あなたはずっとずっと背筋を伸ばした姿勢のまま、向き合っていてくれますか。 |

