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| このはしとおるな |
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| ぶんぶんぶん - 小説 |
森崎新糸「おい、今日の運勢、『とにかく慎重に』だってさ。おまえは?」「俺はね……あっ、『さわらぬ神に祟りなし』だって。なんとなく似てるな」 若い二人の男が小道を歩いていた。まわりは田園風景が広がり、春の訪れを感じさせるあたたかいそよ風が吹いている。天気にも恵まれたので、二人は今評判の「大きな街」に出かけることにしたのだ。 「しかしまあ、二人ともいい運勢とは言えないな。せっかくこんな、陽気がいいのに」 「所詮は占いだよ。気にせずにいこう」 二人が雑誌を読みながら歩いていると、向こうから少女が歩いてきた。整った顔だち・均整のとれた体に、白を基調にした服装がよく似合う。彼女がいることによってまわりの快い風景がますますひきたてられた。 「やあ」 「いい天気だね」 と、二人が声をかける。 「ほんと、いい気分よね。あ、その雑誌、占い載ってるでしょ。見せて見せて」 少女はニコニコしながら言った。二人と少女は知り合いだった。 「え〜と、『友達をなくす恐れあり』。いやだなあ」 少女ががっかりする。 「おい、この占い、みんな運勢悪いんじゃないの?」 「そうかな……ほら、山羊座なんかいいみたいだよ。『何をしてもよし』」 「なんだそりゃ。それ本当にいい運勢か?」 少女は自分に気をつかう二人を見て、クスクス笑いながらきいた。 「どこかへ行くの?」 「うん、ちょっと町の外にね。最近よく雑誌とかに載ってるでしょ、あの大きな街。そこに行くんだ。ほら、この雑誌にも」 「きみもいっしょに、行く?」 二人はここぞとばかりに少女をさそった。 「ううん、遠慮しとく。それより気をつけてね。特に町の外は」 少女は少し顔を曇らせたが、すぐにニッコリとして言った。 「じゃあ、また」 「おみやげ楽しみにしててね」 そう言って、二人は再び歩きはじめた。少し歩いて振り返ると、まだ少女がこちらへ手を振っていた。二人は笑顔で手を振りかえした。 二人はだいぶ歩いた。まわりは見渡すかぎり、木々が点々としている草原だった。 やがて橋のたもとに着いた。 「これがうわさの堀か」 「うわぁ、深いなあ」 一級河川の下流並の幅のあるとんでもない規模の堀に、一本の橋が架けられていた。 ふと一人が、橋のたもとから左に少し離れたところに立て看板を見つけた。 このはしとおるな 「この橋通るな? おい、どうする?」 「どうするったって、どう見ても、な」 看板の前まで歩いてきた二人は、右手に少し離れた橋を見つめた。橋は鉄筋コンクリート製の吊り橋で、とても頑丈そうだ。 「渡っちゃおう」 「まてよ、『とにかく慎重に』『さわらぬ神に祟りなし』だろ?」 「……そうだな、用心に越したことはないな。じゃあどうしよう」 「ほら、この看板のところで丁度堀が終わってる。この森をぬけて向こう側へ行こう」 確かに、橋から少し行ったところで切り立った斜面になっていて、堀が終わっていた。 その先は木々が鬱蒼としていて、向かい側まで茂っている。 「そうするか、……でも変だな、この看板。なんでもっと橋の方にたてないんだ?」 「案外、一休さんだったりして」 「は?」 「橋の真ん中を渡ればいいのかもしれないってことさ」 二人は森に入って歩きだした。木々は春の日差しを遮り、二人の若い男を見下ろしているようだった。 「だけどあの看板、やっぱり変だったような……」 「どんなふうにさ。書き方か?」 「う〜ん…」 「それにしても、気味の悪い森だな」 もう夕方だった。 「帰らなきゃ……」 少女は来た道を戻りはじめた。辺り一面が赤く染まり、西の空には一番星が輝きはじめていた。風が少し冷たい。 「あ…」 野菜をたっぷり入れたかごを背負った小太りの中年女性が、ゆっくりと歩いてきた。 「あら、おひさしぶり」 「こんばんは、おばさん」 二人はニコリとあいさつを交わした。 「この辺りまで来たのなら、家へ寄ってくれればよかったのに。と言っても、うちの息子は朝から出かけているけどね」 おばさんの言葉に少女は、 「春になったので、この辺りまで歩いて来たんです。でも夕方になるとまだ寒いですね。……カズユキさん、帰っていないんですか?」 「ええ……うちの息子と会ったの?」 「はい、お昼前に。なんでも今うわさの、あの大きな街に行くとか」 「町の外に出たのかい!」 おばさんは目を見開いて言った。その表情を見て少女も不安になってきた。 「この際、町の外に出たのならいいけれども……あの林のところで…」 おばさんはモゴモゴ言いながらそわそわしはじめた。 「林?」 少女の問いに、おばさんは話しはじめた。 「この町を遠巻きにした大きな堀があるでしょう。あれは大昔、まだ戦争の絶えない時代に、この土地の大名がそこに流れていた河を利用して造ってね、敵の侵入を防いでいたのよ。でも一か所だけ、堀のない部分があるの。その部分は林になっていて、唯一堀の内側に入れる所なんだけど、これが実は罠。林の中は数えきれないほどの落とし穴や罠があって、誰一人、入ってこれなかったんだって。今はその近くに、お国が立派な橋を造ってくれたけど。それで林には誰も入れないようにフェンスを張ったのだけど、次の日の朝になると、なぜかフェンスが消えてなくなっているの。だから立て看板があるだけ。子供にも読めるように、ひらがなで、『このはやしとおるな』って書いてあってね。だけどね、橋をいつも使っている市場の人の話じゃ、たまに看板の「や」の字がないことがあるんですって。フェンスのことも看板のことも、きっと林で亡くなった人達の仕業だって」 一気にまくしたてたおばさんへの驚きと、その内容への驚きで、少女は黙り込んでしまった。 『友達をなくす恐れあり』という言葉が頭の中を駆けめぐった。 「また明日、うちにおいで。そのときには息子もいるだろうから」 おばさんは無理やり笑顔を作って言うと、早足で帰ってしまった。 「さようなら」 少女は一人、歩いていた。 |


