火曜日, 07.09.2010


夜空のダンス PDF 印刷
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悪い良い 
ぶんぶんぶん - 小説

森崎 新糸

 なんで、生きてんのかな?

 ——— そんなことを考えるようになったのは、ごく最近だ。半年くらい前からこの日本(なぜか日本だけ)に起こり始めた数々の奇妙な現象に、最初は少々驚い た。……が、もう慣れた、と言うよりどうでもよくなってしまった。知識人たちが、結論がでないと分かっている討議を繰り返し、諸外国が、いい機会だとばか りに市場開放の圧力をかけ、政府・官僚機構が、「国家って、結局なんなんだ?」と茫然と思っているとき、———ぼくを含めた学生たちは、「ほっといてく れ」と言って、『日本』というダンス会場から離れつつあった。 

(踊りにきませんか?)

(自由に)

(好きな)

(ダンスを )

 ………………夢だった。

 目の前は一面、夜空だった。『宇宙』ではなく、『夜空』だった。見えたものはそれだけで、あとは声が聞こえてくるだけだった。

(踊りにきませんか?)

(自由に)

(好きな)

(ダンスを )

(こちらは、○△区です。ただいま、震度五以上の、非常に強い揺れを、感知しました。繰り返します……)

「え…」

  その異質な声に、目が覚めた。ゆっくりと起き上がり部屋を見回すと、内装ががらりと変わっていた。倒壊は免れたものの、ほとんど中身を吐き出してしまった 本棚。そのとなりには砕け散った食器類と、扉の開いた食器棚。電気製品は、へこんだ電気ポット以外はあまり変化はないが……。

「なんだよおい……」

 とりあえず、ぼやいてみた。が、なんの解決にもならない。

「…そうだ、NHK」

 テレビのリモコンは簡単に見つかったが、テレビが点かない———停電だ。電話をかけようとするが、受話器は黙り込んでいる。残念ながら、携帯ラジオ・テレビ類は一切持っていない。

 時計は六時半を指している。十二月の空は明るくなりはじめていた。

「外に出るしかないな……」

 

 外は案の定、大騒ぎだった。

 はやくもコンビニの前に行列ができていて、罵声が飛び交っていた。倒れた街灯を不安な表情で見守る人たち。電柱に衝突した軽トラックを物珍しそうに見つめる子ども。ひたすら他人の無事を確認してまわる自治会役員。想像もしなかった光景が、目の前に広がっていた。

「直人君! 無事だったか!」

 声をかけてきたのは、マンションで隣の部屋に住んでいる秋津さんだった。一人暮らしのサラリーマンで、歳はぼくより二、三歳年上といったところか。

「いやあ、よかった。ケガもしてないみたいだし」

 そんなに心配してくれていたのなら、どうして地震のあとにノックしてくれなかったんだろう。秋津さんは人はいいが、どうも抜けているところがあった。

「状況わかりますか? ラジオとか、持ってないもんですから」

「ああ、さっき向こうで聞かせてもらったよ。今回の地震は震源地が東京都心のど真ん中だそうだ。でも最大でも震度は東京で五。大地震ってほどじゃ、ないみたいだよ」

「それはよかった。でもウチん中メチャクチャですよ」

「ウチもだ。まいっちゃうね。———で、これからどうすんの。このぶんだと、大学は多分休みになると思うよ」

 そうだ。真っ先に確認しなければいけないことを思い出した。

「とりあえず、彼女の安全を確認しないと」

「直子ちゃんか。電話は当分の間混線すると思うから、直接行ったほうがいいんじゃないかな。電車は止まってるから、歩きになるだろうけど」

「ええ、そうします。じゃあ、さっそく行きますんで、ありがとうございました」

「いや。……でもいいね、かわいい彼女がいて」

「秋津さんにもすぐできますよ、いい人なんだから」

 秋津さんは苦笑いしながら言った。

「いい人なだけじゃなあ……」

 

 とても震度五の地震の跡とは思えなかった。

 冬の澄んだ空とは対照的に、その下には灰色の大都市が横たわっている。ぼくは東京という街はそんなに悪いもんじゃないと思っているが、こうなると別だ。特に車の騒音が一切無い『東京』が、こんなに不気味に感じるなんて……。

 直子のマンションまでは普段なら歩いて四十分程だが、道路が陥没・地割れ・電柱倒壊などで寸断されているため、遠回りに遠回りを重ねた結果、一時間半かかった。

 幸いマンションに目立った被害はなく、直子も無事だった。にしても……

「直人遅すぎ。ゲンメツ」

 心配して駆けつけてくれた相手に、彼女はこう言い放ったのだ。

「あのね、そりゃないでしょ。電車は止まるし、道路は切れてるしで、とにかく大変だったんだぞ!」

「ごめんごめん、冗談。それより見た? テレビ。この地震、見た目ほど被害でてないんだって。人的被害がほとんどないって——」

「……テレビ、映るの?」

「映るけど。何言ってんの?」

 直子は不思議そうな顔をして言った。

「なにいってんのって、もう電力回復したのか?」

 ぼくの言葉に直子はアゴを斜めに引きながら、上目遣いで見つめてきた。自分がからかわれたと感じたときにする、彼女のクセだ。

「……プレゼント」

「は?」

 突然なにを言いだすのか。

「先月、誕生日で液晶テレビくれたの、あんたでしょーが!」

 おお、そうだった。

 

『南 関東地震に関する最新情報を繰り返しお伝えします。まず、首都圏内の交通情報です。鉄道はJR線、私鉄各線ともに点検が終了しまして、運転を再開しており ます。ええ、道路ですが、各高速道路は目立った被害は特に受けていない様子でして、点検が終了次第通行止めは全面解除される見通しです。一般道ですが、こ ちらは建築物の倒壊や地割れなどで所々で通行止めとなっております。特に東京都○△区内の道路網の被害が大きく、復旧のめどはついていません。ええ、午前 九時現在、警察庁の発表によりますと、家屋半壊が二千十二棟、停電箇所は約二五万六千世帯、負傷者六千三百七十四名、行方不明・死者はでておりません。 ———木村さん、死者がでていないというのは幸いですね』

『ええ、どうなんでしょうね、どうも今回の地震は不思議な点がいくつかあるそうなんですが、小池さん』

『ま ずですね、被害に偏りがある、と言えばいいんでしょうかね。人的被害にしても負傷者の数から見て死者ゼロというのは……いえ、これはたいへんな不幸中の幸 いですよ、ええ。あと建造物の被害についてですが、こりゃどうも…その、いらない物だけ壊した…というかですねぇ……』

『どういうことですかそれは』

『どうも…私には人為的に見えるんですよね。いや、これは私個人の見解ですよ——』

 ———いやはや。まさかまた『人類が立てた計画』とか言いだすんじゃないだろな。

「ね、なんか変だって、言ってるでしょ」

 直子の携帯液晶テレビでニュースを見たのだが、どのチャンネルも『この地震は、なんか変だ』と声をそろえて言っている。今度はいったい、何が始まろうとしているのだろうか。———まあいいか。不安もなければ、期待もない、「どーでもいいよ」という気分だ。

(踊りにきませんか?)

 そのとき、心の中に何かが響いた。が、よくわからなかった。

「はあ、やっと片づいた。直人の部屋は片づけてきた?」

 部屋の掃除を終えた直子が隣に座ってきた。

「あ、そういやあのまんまだ」

「よーし、あとで手伝ったげる。とりあえず、なんか食べよう、ね」

 座ったばかりなのにサッと立ち上がると、直子はキッチンへ入ってしまった。

「おい、ガスと水道、大丈夫なのか?」

「オッケーでーす」

 ガス・水道の被害が皆無だというのもウサン臭い。

「でもさ、その液晶テレビもらった時は、殴ってやろうかと思った」

「えっ。なんで?」

「いまどきの若者が、彼女の誕生日プレゼントに携帯テレビなんてあげる?」

「いや、あれはたまたま『サクラヤ』で半額だったもんだから——」

 なんてこと口走ってしまったんだろう。その後約二時間、前半は弁解、後半は謝罪の言葉を言い続けるハメに陥ったのだ。

 

 最悪の一日となった。

 誕生日プレゼントの追加で、貯めていたバイト代は消えていってしまった。そのうえ来週はクリスマスとくる。

「いやー、悪いねー」

 ホクホク顔の直子を、ぼくはにらみつけた——かった。

 イタリア料理屋を出たときにはもう午後十時を回っていた。夜空には、東京とは思えないほど一面に星が散りばめられていた。冬の空は澄んでいてきれいだとよくいうが、まったくそのとおりだ。……ちょっとおかしいくらい、星が瞬いていた。

 もう、いつもの東京に戻っていた。電力は全面回復、交通網もほぼ復旧して喧騒が甦っている。

  また国の危機管理の甘さが指摘された。首相官邸が事実上孤立し、各省庁がそれぞれの縄張りを主張しあい、事項がたらい回しにされた。結局、復旧作業は八割 方、地域住民や自治体によってなされ、残りは警視庁・消防庁が奮闘するということになった。マスコミが非難するなか、ぼくの父親である伊藤官房長官は記者 会見でこう言い放った。

『政府の迅速な対応が功を奏し、事態は急速に収拾されつつあります』

 全国民を失望させるのには、十分すぎる言葉だった———マスコミの言っていることが本当ならば……。

 ゲーム感覚で行政を扱い、アクシデントが起こるとゲーム盤を投げだして保身に走る。まるでフランス旧体制下の貴族みたいだ。『国家』が傷つくのを恐れ、『国民』を無視し続ける立法府。さながら終戦直前の『国体護持』を唱える昭和軍部政府だ。

 どうしてもっと自然になれないんだろう。自分たちの立場が分からないんだろう。乗客の安全を最優先する船員でなければいけないのに。いつのまにか、船を守るために乗客を海へ蹴落とす船員になっていた。

 乗客は乗客で、態度が悪い。金でできた『史上最悪の豪華客船』とでも言おうか。

 みんながみんな、そうであるとはもちろん言わない。でも『まとも』な人たちは、圧倒的な社会の流れに飲み込まれ、息ができないといった感じだ。

 ———いつもここまで考えて、ふと思い止まる。自分は生意気なだけではないか。こんなガキに説教たれられても、オトナたちは一笑に付すだけではないか。「そんなことは知っている」と。

  だから、勉強しようと思った。もっと知識をつけて、バカにされないように努力しようと思った。親父のようにはなるまいと思った。——けど、できなかった。 なんか違うなと思った。ふと、渋谷や池袋でウロついている人たちがうらやましくなった。いい大学行って、いい仕事について——なんてことばかり考えている ぼくらより、あの人たちの方がずっと利口なんじゃないだろうか。社会をうまく利用しているんじゃないだろうか。

 ……もう何も考えたくない。もう何もしたくない……。

 偉大な夜空に負けまいと、東京はあらゆる灯を点けて輝いていた。冷たく、虚しく———。

「……さて、もういいだろ。もう疲れたよ。大地震のあとに、不謹慎なくらいだ」

 とにかく眠い。朝から動きっぱなしだった。

直子は何でこんなに元気なんだろう? まあ、そこがいいところなんだが。

「まだ。直人の部屋の掃除が残ってまーす!」

「ええっ!」

 彼女の目がギラギラしている………なんと、本気らしい……。

「そんな暗い顔しない。ほら、空でも見て。むっちゃくちゃキレイじゃない! なんか、踊りたくなってくるよね」

 直子は立ち止まって夜空を仰いだ。白い息がなんとなく幻想的だ——。

「踊り…たい…か…」

「へ? 直人、今なんか言った?」

  気が遠くなっていくのがわかった。思考の中に、何か他人のものが混じってくる。……なんで生きてる?……どうせこの世は……民族紛争が……内戦が……戦争 か……消費税が……官僚また不祥事……日帝また妄言……大飢饉がアフリカを……核実験……オレに関係ない……景気泥沼……援助交際……ドラッグ……国際化 しろ!……『和』を潰せ……ほっとけ……単位が……直人、おまえムカつく……レポートが……就職どうする……彼女と一緒になりたい……このままじゃ日本 が……生き方変えろ……最近の若者は……伝染病を……人類が……滅ぶぞ……くたばれ世紀末主義者……地球を……どうする気だ?……どうする?……

「直人、政治家になる気はないか?」

 二世議員はごめんだ……親父は間違って……もうやだ……踊ろう……踊ってしまおう……

(踊りにきませんか?)

(自由に)

(好きな)

(ダンスを )

「さあ 」

 ———秋津さん?

 全身が白い光に包まれた。隣にいる、空を見上げた直子の姿が見えなくなってゆく。体が粉々になってゆく……。

 

 

「総理、全国のありとあらゆる学生が消えました」

「消えた 」

「東京湾の海底部分に巨大な穴が発見されました。地震の際にできたものかと——」

「総理の退陣を唱えたデモ隊が国会を——」

「井上幸一は総理クビだー。国会はただちに解散しろー」

「井上! 直子ちゃんも、直人も行方不明だそうだ」

「伊藤か……半年前を思い出すよ。今度こそだめだ。これがヤツの言っていた『日本移転計画』さ」

「井上……あきらめるな。最近は弱音ばかり言って、——おまえは何のために政治家になったんだ」

「そりゃおまえ、日本を良くしようと……してないな。———悪いが、官房長官と二人だけにしてくれんか」

「は、はい、失礼します」

「……井上……」

「伊藤、我々は政治家なんかになるべきじゃなかった。自分の事だけでも精一杯なのに、一億以上の国民の事なんか考えられるもんか……、いや、違うな。自分の事なんか考えちゃいけないんだ、政治家は」

「井上、マスコミや国民の言うことなんか気にするな。政治はプロの世界だ。素人には今、この日本がどんな状況にあるかを理解しているヤツなんていないに等しいんだ。……こんなこと、おまえに向かって言うことになるとはな」

「伊藤、おまえいつから政治屋になった?」

「………それより、これからどうする」

「出来るかぎりのことはしようじゃないか。学生探しだよ」

「祖国存亡をかけた『学生探し』か……」

 

 …………音楽が聞こえてきた。ノリのいい、楽しい曲だ。

 目を開くと、夜空だった。三百六十度夜空だ。いつもの夜空と違うところといったら、周りに踊り狂う若者がいることくらいだろう。

「やっと気づいたの、直人」

 声のする方を見ると、リズムにあわせて踊る直子がいた。

「すまないな、直人くん」

「秋津さん!」

 なぜこんなところに? そしてここはどこだ? なんでみんな踊ってる?

「説明させてもらうよ。——あ、踊っちゃっていいよ、ここはそういうふうにできてるから」

 何だか分からないが無性に踊りたくなってきてウズウズしているぼくを見て、秋津さんは笑いながら言った。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」

 ぼくは踊りだした。ダンスなんてべつに好きじゃないのに——。だけど、とても楽しい気分だ。

「半年前の事件を覚えているかな。日本に住む人々みんなが…まあ、一部は違うが——操り人形にされた、『人類が立てた計画』だよ」

「秋津さんが、なんでそんなこと知っているんです?」

「ぼくはね、その計画に関わっていた人間なんだ。反対派としてだけどね」

 まさか。そんなばかな。あの狂人達の仲間だってことか。

「田中という男が推進していた。ミサイル誤射事件のときに、首相官邸で死んだヤツだ。あいつが官邸でなにをしていたかというと、ある計画を首相に説明していたんだ。その計画がこれさ。『日本移転計画』、旧称『夜空のダンス』だ」

 秋津さんは憎々しげに言った。と、今度は表情が憎悪から落胆へと変わっていった。

「も ともとこの計画はぼくの発案だった。責任者もぼくだった。だが『人類が立てた計画』が実行段階に入ると、ぼくの計画は中止になった。ぼくが『人類が立てた 計画』を猛烈に非難していたことと、ぼくの計画が『人類が立てた計画』が実行されることで意味を成さなくなるからだ。ところが、田中は自分の計画が失敗し たと判断すると、ぼくの計画を復活させて会社から切り離し、『日本移転』を唱えはじめたんだ。もうぼくは我慢できなかった。あいつの計画を利用して、殺し てしまったんだ。つまり、あのミサイル誤射事件を起こしたのは、ぼくだ……」

「ばかな! なんであんな無茶なことを!」

「あれが精一杯だった。もうコンピューターが暴走しはじめていたからだ」

 再び、秋津さんの顔が怒りの表情になった。

「あ いつは置き土産を残していった。メチャクチャに変更されたぼくの計画を……。『夜空のダンス』計画は、『社会』に踊らされている人々を、自分で好きに踊れ るような人々に変えてあげようというものだった。ところが田中はこの『人々』を学生に限定した。歴史上で常に『革命』の先駆者であった学生が、この計画に 適していると言い触らしていたよ。さらに『日本人』に限定した。これはただの日本人びいきだ。彼は『日本移転計画』と改称して、『革命』の先駆者『学生』 だけで、『日本国』をつくろうとした。ばかげた発想だ!」

 分からない。その発想が分からない。あまりのバカバカしさに、怒りがこみ上げてきた。

「ようするに、あんたも、田中ってヤツも、あんたらの仲間も、みんな狂ってるってわけね。秋津さん、あんたは田中とたいして変わらない」

 その怒りを代弁するように、直子が口を開いた。

「ちがう! ぼくは田中と同じなんかじゃない。この計画だって、ぼくが再び責任者になってればこんなことにはならなかった。ところが上の命令は、首相の娘と官房長官の息子を監視しろというものだった。『人類が立てた計画』失敗の原因のひとつだと聞かされてね」

 秋津さんは、狂人だった。無表情になり、それからこちらを蔑んだ目で睨んできた。

「あんたたちは、何者なんだ」

 ぼくは思い切って聞いた。

「さあね。まあ、けっして踊らされない人間かな。平和共存を願う、いわば『完成した人間』だな」

 笑みを浮かべて、秋津さんは即答した。

「じゃあ、欠陥品ね」

 直子の言葉は、秋津さんの笑みを凍りつかせた。

「けっ…かん品……」

 秋津さんは、そうぼやくと奇声を発しながらどこかへ走り去っていった。何が『完成した人間』なんだか。そこには隣人だった『人のいい秋津さん』の姿はなかった。

 ———相変わらず周りの学生はみんな同じダンスを踊っていたが、直子だけは違っていた。そういえば少し離れたところにもダンスの集団があるが、そこの学生たちも直子のように、ひとりひとりが好きなダンスを踊っている。

「説明しましょう」

「わっ!」

 突然背後から、背広姿のやさしい顔だちをした、初老の男があらわれた。

「秋 津くんも話していたように、もともとこの宇宙船は『社会』に踊らされている人たちを救済するために造られたものです。向こうの少人数グループの人たちは、 『社会』に踊らされずに、自分のダンスを確立した人たちです。——おや、そこの彼女もそうみたいですね。あとは言わなくてもお分かりですね。ちなみにあな たは、周りのダンスにつられつつありますね」

「あ、あなたは誰です。それに宇宙船て……」

「私はこの計画の責任者で、本船の船長の藤野といいます。じつは、ここは宇宙船の内部でして、この船は東京湾の海底下で建造されました。……誤算だったのは宇宙へ瞬間移動する際の地震でした。被害を最小限に食い止めて、なんとか死者だけは出さずにすみましたが」

「……藤野さん、あなたたちは間違ってますよ」

「ええ、間違いました。何百万人の人間を乗せるには、この船は小さすぎました。まもなく宇宙の藻屑となります」

「へ?」

 そんなムチャな。急展開すぎる。いったい今までの人生はなんだったんだ。そう思っているのも束の間、足場が波を打ちはじめ、夜空が歪んで剥がれ落ちはじめた。

「大 丈夫、船客は全員、船から降ろします。最初からこうなると私は分かっていたし、学生は全員日本へ帰すつもりでした。——そうだ、ひと言だけ。あなたは『生 きる』ということで悩みがあるようですが、周りのことを少し気にしすぎていませんか。もっと、自分のことを考えた方がいいでしょう。利己主義者になれと 言っているんじゃありませんよ。ただ、自己管理もできない人間が他人をどうこう言うのはどうでしょうか。あなたは自分はあまり恵まれてなくて、それは社会 のせいだと思っている。そしてその社会を構成する人たち、その頂点に立つ国家機構を、蔑み、憎む。現状を嘆き、悲しむ。——まってください。日本に生まれ ただけでも、あなたは恵まれているんですよ。しかも官房長官の息子です。生まれた途端に戦火に巻き込まれる人だっているんです。いいですか、あなたはチャ ンスが渦巻く日本という国に生まれてこれたんです。甘ったれないでください。人生幸せに生きるには、楽しく生きるには、それなりの努力が必要なんです。 ——とにかく、『今』を真剣に生きてください。そうすれば、将来だって自ずと見えてきますよ。先のことばかり考えて期待したり不安になったりを繰り返すの は、疲れるだけですからね。いい『コドモ』でありながら、いい『オトナ』になってください。『今』を大切に……」

 轟音が鳴り響き、あたりが悲鳴の渦となった。

「話が長引きました。もう、時間です」

「直人!」

 直子が抱きついてきた。

「藤野さん 」

 ぼくはありったけの声で叫んだ。白い光が全身を包みはじめる。

「我々『未完成の人間』はここに残ります。強情なヤツもいますからね、私がここで食い止めなくては———」

 なんで最初からあらわれてくれなかったのだろう。ああいう人と、語り合いたいことがたくさんあったのに……

 

 

「総理! 学生がみんな戻りました。無事です。無事ですよ!」

「そうか……。捜索体制を解いてくれ」

「自衛隊まで動かしときながら、いつのまにか学生たちが戻っていただと? 井上、この後の処理が大変だぞ。この一年だけで、日本はボロボロだ」

「私はやるべきことを、やれるだけやっただけだ。学生が無事だったんだ、いいじゃないか」

「しかしだなあ……」

「確かにこれからは大変だ。だがこれを乗り切らなきゃいけない。——伊藤、我々は政治家なんだよ」

「…………わかった。補佐しよう、全力で」

「ありがとう」

「総理! 空を!」

「……あれは、流れ星か?」

「大流星群です!」

「すごいな! そんな情報はなかったぞ!」

「なんだか楽しい音楽が聞こえてきそうだ。踊りたくなってきたよ」

 

 

 目覚めると、自分のベッドの上だった。

「わっ!」

「……ん? なに?」

 となりに直子が寝ていた! どうなってるんだ

「あ…おはよう」

「あ…おはよう、じゃない! なんでこんな所にいるんだ」

「ふーん……なんでかな?」

 そういえば、あれからどうなったのだろう。……ん? 『あれから』って、なんだっけ? 昨日の夜の記憶がすっぽり抜けていた。

 とりあえず、部屋の掃除をした。いつもなら直子が八割方やってくれてしまうが、今日はぼくが先行した。

「なんか、やる気だね」

「うん、なんか人生観が変わったっていうか——」

「よかった。最近直人元気なかったから……そうだ、わたしの人生五原則を教えてあげる。なにごともあきらめない——これ家の家訓だけど——、ひとに迷惑をかけない、なにごとも全力で、あと『今』を真剣に生きる——」

 今を真剣に、か。

「最後は、人生はとことん楽しむ! ——そうだ、写真撮ろ、写真」

「え? なんで?」

「今、この瞬間を後々まで楽しむために」

「そういうもんなのか?」

「いいからいいから。——はい、動かないで、セルフタイマーだから……」       

———このとき撮った写真を、ぼくは一番大切にしている。そこにはそれまでに撮った写真とはまったく別の自分が、写っていた。

(完)