火曜日, 07.09.2010


人生が二度あれば Part2 PDF 印刷
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ぶんぶんぶん - 小説

 アタシ、昨日まで女だったんです。あらやだ、まだ女のときの口調になってるわ。もとい、ワシは、いやオレは、 うーんと、ボクは昨日まで女だったの。いや、女だったんでゴワす。いやいやいくらなんでも「ゴワす」はないだろう。まだ男言葉に不慣れなものでごめんなさ い。実はボク、昨日性転換手術を受けてついに男になったんだ。今日から男としての第一歩。あぁどうしよう、うれしいような悲しいような、恥ずかしいような ザマアミロのような、不安が一杯のようで希望も一杯、ドキドキしながらワクワクしてる。

  性転換が一〇年ほど前に法制化され、いまや誰に気兼ねすることなく第二の人生が歩めるようになったってわけ。二五歳になったら国に申請するだけで、その後 の人生を男性で生きるか女性で生きるか自由に選択できるようになったの。いや、できるようになったんですバイ。こりゃ九州弁か、できるようになったんだ。 うん、これでいい。なんだか頭の中で男言葉と女言葉をいったん翻訳しないと、うまくしゃべれない、ああ、じれったい。もちろんそれまでの人生が気に入って いれば、性転換する必要はないんだけど。

 医学は急速に進歩して、性転換手術そのものが一重まぶたを二重まぶたにする程度の術式でできるようになったんだ。男になろうが、女になろうが、オカマになろうがまったく自由だ。何たって自分の意思で性を選べるのがいいよね。

  女から男への性転換手術は、まず乳房、子宮、卵巣を摘出する。次に、男に比べて下部に位置する尿道を上部に引き上げる、そして、腕の皮膚と筋肉を使ってペ ニスを作る(内部にシリコンあるいは軟骨を埋め込むこともある)。このときに、セックスの快感を受容する知覚神経をペニスに縫いつければ、健康な男性なみ とはいかずとも、ペニスのピストン運動で快感を感じることが十分にできるし、立ち小便をすることもできる。手術の所要時間は一時間ほど。たったこれだけで それまでと違う人生が歩めるってわけ。

  男から女になる手術はもっと簡単。ペニスを切って陰嚢で陰唇をつくり亀頭でクリトリスをつくる。乳房の大きさはシリコンの分量で巨乳でもペチャパイでもお 好み次第。でもボクが知っているかぎり、たいていの男は女に性転換するときにシリコンをたっぷり入れて巨乳にしているみたいだ。ボクが女時代にたいしてモ テなかったのはペチャパイのせいだったのかしら……。女が男に性転換するとき、巨根を希望する人はあまりいないみたいだけど……アタシ、いやボクはごく普 通サイズの人工ペニスにしてもらった。

 国立病院にもちゃんと性転換科が設置されていて、儲け主義の町の整形外科は「男やめますか、女やめますか」って派手なTVコマーシャルやって、性転換することが一種のブームになってる。

  昨年発表された厚生省の性転換白書によると、二五歳以上の男性の一五%が女性への転換を希望し、女性の二五%が男性への転換を希望しているんだって。すで に性転換を果たした男女は昨年一年間で三二万人にものぼっている。つまり三二万人もの男女がそれまでと異なった性で新しい人生を送っていることになるん だ。道ですれちがったって、誰も元男、元女だったなんてわかりゃしない。

  だいたい女として生きてきたこれまでの人生なんてちっともいいことなんかなかった。二五年の人生を振り返ると本当に苦しみの連続だったの。とくに絶望的な 気持ちに陥るのが生理が始まったとき。小学校の五年生の秋に初潮をみて以来、毎月毎月やってくる痛み。自分が嫌でも女であることを思い知らされると、気持 ちが落ち込んで思わず自殺したくなっちゃう。この痛みから解放されるためには、身体的にも男性に変わる以外に方法はないと思い込んだ時期があるんです。

  高校卒業してしばらくOLやってたんだけど、その会社の制服がミニスカートなの。アタシはもともと冷え症なのでパンツ・スタイルで働きたいのだけど、規則 だからって許してくれない。夏場でもクーラがんがん効かせて冷えることったらありゃしない。おかげで生理痛もひどくなる一方だった。

 ウチのオヤジは昔気質の男で、稼ぎもないのにやたら威張り散らして、他所に女つくって出てっちゃうしさ。本当に男ってわがまま勝手。残された母はパートで働きながらアタシを何とか学校へ行かせてくれたんだけどね。

 何だかんだと言っても、どう転んだって男社会の世の中でしょ。女がいくら眉尻吊り上げて、頑張ってもしれてるじゃない。だったら男になって、やりたい放題したほうがずっといい。高校の頃からだんだんそう思うようになっていた。 

  それでも人並みに男を好きになり、二三歳で結婚したのはいいけど、相手は私より三歳年下の大学生だった。結婚ったって、ある日彼がアタシのアパートに転が り込んできてそのまま居着いたようなものよ。彼はベースを弾いていて世界にはばたくミュージシャンになるのが夢だとかいう、今になって冷静に考えたらただ のホラ吹きだった。ベースはたいしたことなかったけどセックスだけはうまかったってヤツ。

  アタシは彼のバンドの追っかけやってたから、彼をゲットしたときにはもう舞い上がっちゃって頭の中はピンク状態。夢見心地の毎日だった。彼は見た目もいい し性格も優しいの。アタシが風呂から出ると、ドライヤーをもってきてアタシの濡れた髪を撫でながら乾かして、髪にそっとキスしてくれるようなヤツなの。で も優しいのはアタシに対してだけじゃなくて、誰にでも優しかったわけ。とくに女の子にはね。

  一緒に暮らすようになっても、毎日のように何人もの女の子から電話があって遊びに出てしまうの。彼に言わせれば「ファンの女の子だから付き合いを断われな い」っていうし。ちゃんとした仕事にもつかずにちょこちょこっとバイトしてはブラブラしてて、たいした稼ぎがないものだから、アタシの財布から勝手にお金 を持ち出しては女の子たちにご馳走してしまうの。だからアタシはいつもお金がなかった。

 それがある日、相手の女の子を妊娠させたから中絶費をくれっていうの。アタシは黙って最後の貯金をおろしてきて彼に投げつけた。季節はずれのアゲハ蝶みたいにお札がひらひら舞って、それを拾い集めている彼を見たとき、アタシは「出てけっ!」ってわめき散らしていた。

 その日以来、彼は二度とアパートには戻ってこなかった。

 男に追従して生きていくのはもう懲り懲りだと思った。それで今度生まれ変わったら絶対に男になってやるって決めたんです。

 だから性転換が自由になったときは迷わず転換の申請をした。

 

 —手術の日。何だか呆気ないほど簡単に手術は終った。痒くも痛くもない。でも歩くときに何だか股の間に違和感がある。医者によれば一週間ぐらいでその違和感はなくなるそうだ。

 今日は美容院に行って、好きな男性タレントと同じヘアスタイルにしてもらい、男物の洋服でも買い揃えよう。

  ボクは近所のスーパーへ行った。平日の昼間のスーパーはレジの前に人も並んでいなくて閑散としている。ボクの足は習慣的に婦人物の売り場に向かいそうに なったけど、あっ、もうブラジャーも生理用品も買わなくていいんだと妙に納得して、もう一階上にある紳士物売り場へ行く途中、シャツの上からそっと胸のあ たりに触れてみると長年そこにあったオッパイの感触がない。そこにあるべきものがないのは瞬間的に人をうろたえさせるものだ。

 おっと、オシッコしたくなってきちゃった。ボクは、つい女子トイレに入りそうになったけど、回りの様子をみはからって、ちょっとドキドキしながら男子トイレに入った。

  男子トイレには誰もいなくて便器が並んでいる。男子トイレってもっと汚物が散らばっていたりオシッコ臭いものだと思っていたけど、意外に清掃が行き届いて いて女子トイレよりきれいなほどだった。男の人って、女の子の部屋はきれいに掃除され、可愛いぬいぐるみがべッドに置いてあって、いい香りがするって思っ ているんじゃないの?そんなの幻想よ。あっ、また女言葉が出てきちゃった。いけないいけない。女やってたからよくわかるけど、アタシの友だちなんか部屋が ゴミ溜めにみたいになっていても平気な顔で暮らしていたし、流し台に一週間分の食器をうず高く積み上げて、腐った匂いがしているのにそのままにしている子 もいた。女子トイレだってエッチな落書きが一杯書いてあるし、使い終った生理用品が散らばっているなんてザラ。アタシ、いやボクに言わせれば男のほうが生 活面では清潔にしてるかもしれない。

 — 立ったままオシッコをするのは初めてだ。何だかいたずらっ子が悪さをして逃げ出すときのような気持になったけど、ボクはスラックスのファスナーを一気に降 ろし、ペニスを引っ張り出そうとして局部へ手をあてた。あっ、まだ女物のショーツをはいたままだった。このままでは引っぱり出せない。仕方なく大便用のト イレに入り便座に座ってスラックスとショーツを膝までずり下ろした。するとピョコンと人工ペニスが顔を出した。ボクは「ゲッ」と声を上げそうになって手の ひらで口を覆った。だって手術以来初めて自分の持ち物をしげしげと見たんだから……。結構グロテスク。こんなものが自分にくっついているなんて許せな いっ、と一瞬思ったけど、念願かなって晴れて男になれたことの代償だから仕方がない。そうボクは開き直って、ためつすがめつ人工ペニスを指で撫でたり引っ 張ってみたりしていると、その先端からオシッコが勢いよくほと走り出た。

 まるで別個の生き物が自分に寄生しているようだ。あきらかに自分の肉体の一部なのだけど、とてもまだ愛着心は湧いてこない。人前でブラブラさせてもちっとも恥ずかしくない気がしたけど、とりあえずブリーフにするかトランクスのバンツを買うか考え始めていた。

 

 半年も経つと、ボクの言葉づかいやしぐさ、体型はすっかり男っぽくなってきた。男性ホルモンの錠剤をずっと飲み続けているせいもあるだろう。

 「あー」と声をあげてみる。女時代は相当かん高い声だったのが、最近ではずいぶん野太い声になったような気がする。上半身にも筋肉がついてきて、丸みのあった体がゴツゴツしてきた。ヒゲも毎日剃らなければならないほどだ。

  四、五〇人の社員がいる印刷会社に男性社員としてすんなり就職が決まり、いまやボクはバリバリの営業マンだ。こうして仕事をしてみてわかったけど、男のほ うがすごく働きやすい。女時代は何か事があると、取引先はすぐ「女じゃ話がわからん」風の顔をして、男性社員をわざわざ呼ぶのが日常的だったけど、今はそ んなことはない。お茶くみもコピーも女子社員にやらせとけばいいし、会社はボクにとって天国みたいに思える。女時代には仕事中に嫌いなタイプの男性社員に 肩を揉まれたりしてゲロゲロっていう感じだったけど、今はボクが好みの女子社員の肩を揉む立場だ。こないだもカラオケに誘って女の子の肩に手を回して無理 にデュエットしてみたり、男ってこんなにおいしい思いをしていたんだ、と今さらながら思う。電車に乗って座るときも股が開くかどうか気にしなくてもいい。 どーんと股を広げるのがこんなに気持ちいいものだとは知らなかった。スカートを履かなくてすむのは本当に楽だ。

 

 不思議なもので性転換して以来、ごく自然に女に対して興味が湧いてきた。精神面でも日に日に男性化が進んでいるのだろう。

  元が女だから女に恋をするのはレズビアンになると考える人もいるかもしれない。ところが違うんだな。ボクを手術してくれた医者が言っていたけど、レズビア ンは女性同士でセックスしたほうが、より快感が得られるというだけで、男役の女が必ずしも自分を男だと思っているわけではないんだそうだ。彼女たちは精神 的に女性のままなんだ。精神医学上で「性自認」という言葉があって、単なる同性愛者は、心で認識する性と肉体上の性が一致している。つまりレズの女は、心 も肉体も女であることを認識して同性愛に走っているわけだ。

 ボクらのように望んで性転換した場合、最初のうち肉体は「男性」で、心はまだ「女性」を認識しているけど、次第に肉体的にも精神的にも性が一致してくる。そして肉体も心も完全に男になっていくそうだ。

 というのも性転換して一年経った頃、ボクは美しい女に恋をしてしまったのだ。彼女もボクに好意を寄せてくれているようで、週末には何度かデートを重ねるほど親密になっていた。

 ボクは以前一緒に暮らしたことのあるバンドマンの彼がしてくれたように、誕生日に花束をプレゼントをしたり、甘い言葉を囁いたりした。あの頃、彼にそうされるとアタシはすごく嬉しかったもの。

 その日は一週間ぶりのデートだった。ホテルに入って二人でとろけるような時間を過ごし、そのときには結婚話がボクの口をついて出てくるはずだ。彼女が拒否しないだけの自信はあった。

 二人で食事をし、ほどよく回ったアルコール。男になってからボクの性欲は強くなったような気がする。

 ボクがホテルに誘うと彼女は黙ったままうなづいてついてきた。ボクは彼女の腰にそっと手を回し、彼女にわからないようにもう一方の手で人工ペニスの具合を確かめた。

陳 満紅

  ボクはこの日のことを予測し、事前にソープに行ってセックスの実験をしていた。やや硬度は足りないもの、女を喜ばせるには十分な成果があったような気がす る。もちろんボク自身もちゃんとピストン運動で快感を感じることができた。いざとなれば指を使ってでも彼女に快感を与えることはできるだろう。

 

 ホテルの部屋に入ると、ボクは先にシャワーに入り頭の上から熱めのお湯をかぶった。日頃より丹念にすみずみまで洗い、腰にバスタオルを巻きつけドアを開けた。

 彼女はすでに着ていたものをすでに脱ぎ捨てていて、胸にバスタオルを巻きつけてべッドの端に腰かけていた。バスタオルと素肌の境目からは盛り上がった乳房が見事なラインを描いていた。タオル地一枚の彼女は洋服を着ているときには想像できないほど骨太の身体をしていた。

 彼女は後ろからボクの髪に触れてきた。手には部屋に備え付けのドライヤーをもっている。

「髪、洗ったの? 乾かしてあげるね」

 彼女はそう言って、ボクの濡れた髪を撫でながらドライヤーをあて、髪にキスしてきた。

「優しいんだね」

 ボクはそう言おうとした瞬間、固まってしまった。身体中の毛穴という毛穴から毎日飲み続けてきた男性ホルモンが流れ出たようだった。

「……アンタも二度目の人生を選んだのか……」

「えっ? よくわかったわね。アタシが以前男だったってこと。あなたも二度目の人生なの?」

 彼女の身体からバスタオルがはらりと落ち、足元でとぐろを巻いた。見るからに人工的な乳房が自信たっぷりに、そして艶やかに姿を現わした。

 ボク、いやアタシ、いやボク、いやアタシは長い溜め息をついた。

「また、アンタと……」

 その後は言葉にならなかった。

 人生など一度きりで十分なのだろう。