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| ぶんぶんぶん - エッセイ | |
秋田コリス2月7日のフジTV『料理の鉄人』のテーマ食材はタカアシガニだった。 私はこの番組を夫と一緒に見ていた。数匹のタカアシガニ※がいる大きな水槽に鉄人と挑戦者が歩み寄り、カニを選ぶ。挑戦者がまないたに乗せたのは、脚を広げると3メートルはあるという巨大なやつだった。 私が最後にカニと名のつくものを食べたのはいつだったろう。確か昨年の夏だ。新木場の南砂町運河で釣り上げたガザミをダシにした味噌汁を食べた。それ以 前、もっとまともに「カニを食べた」いえるのはいつだったか、ということになると、もうおととしの秋になる。アメヨコで上海蟹を何匹か買ってきて、家で蒸 して食べた。いずれにしても、タカアシガニとは比べものにならないくらい小さい。 ブラウン管の中では、挑戦者がカニの甲羅をガポッと開けたところだった。 「あれくらい大きいものになると、カニにもちゃんと内蔵があることがわかるねえ」 と、妙なことに感心しながら夫に言うと、 「あれくらい大きいとミソもいっぱい詰まってるだろうなあ」 と、彼も半ば感嘆しながら言う。 「でも、あたし、カニミソ嫌いなんだよね」 「なんで? あんなおいしいもの。それはいいカニミソを食べたことがないんだろう」 �いいカニミソを食べたことがないんだろう�! これとそっくりな言葉をこれまで何度私は言われたことだろう。 「あたし、フォアグラは嫌いだな」「ああ、それはいいフォアグラを食べたことがないからだよ」。 「あたし、ウニ嫌い」「いいウニはうまいよ。いいウニを食ったことがないんだろう」。 寿司屋で、喫茶店でお茶を飲みながら、グルメ番組を見ながら、あるいは酒席で、こういった言葉を、友人知人、上司や、夫など、いろんな人に言われた。 私はそんなとき、たとえば「ウニが嫌いだ」といった場合には、 「でもね、カニミソもフォアグラも嫌いなんだけど」とささやかに反論して、�要はチーズの 遠い親戚みたいな、動物の内蔵系のモニャ〜ッとした味覚のものが嫌いだ�ということをわかってもらおうとするのだが、相手はあくまで「いいウニをたべたこ とがないからだ」という態度を崩さない。この「いい」というのは新鮮であるということだ。新鮮なままで運ぶにはコストがかかるから高い。古くなりかけたも のは、安くさばかれる。そんなことはわかっている。 こんな時、「うーん、そうなのかなァ」と私が譲歩を見せる発言をしたところで、その話題は終わりになることが多かったのだが、この日の夫の言葉には、「またか」と思い、ちょっとむっときたので言ってやった。 「夫婦として、一応食生活を一にしているのに、『いいカニミソを食べたことがない』とはどういうことか? 上海蟹を食べたときだって、全部ミソはあげた じゃないの。それにその言葉は失礼だよ。その言葉の裏には、『あんたにはいいカニミソを食べれるだけの経済力がない、あるいはそういう饗応を受けるだけの 人間でない』という心理があるんじゃないの?」 すると、「ア」と気づいたようにちょっと表情を変え、そしてフヘヘとごまかし笑いをしながら宿六はいいわけをした。 「いや〜、俺も自分の金で食ったわけじゃないんだけどさ。Yさん(夫が以前お世話になった人)と金沢に行ったときに食べたのがおいしくてさあ。思えば、Yさんにはいろいろうまいもの食わせてもらったなあ」 ああ、そうか。そういうわけなのか。わかったぞ。つまり、「いい○○(ウニあるいはフォアグラ、カニミソ)を食べたことがないんだろう」という人にとって も、「いい○○」を食べた経験というのは、めったにない僥倖であったというわけだ。だからことさらに、「自分はいい○○を食べた、おまえは食ったことがな い」と言いたい。それが証拠に、わたしは納豆もタクアンも嫌いだが、それを人に言っても、「ああ、それはいい納豆を食ったことがないからだ」とか「いいタ クアンを食ったことがないんだろう」と言われたことはない。 しかし、多分、私は「いい○○を食ったことがないんだろう」と言われ続けるのだろう。仕方がない。およそ私は「いい○○を食べられる」ように見られる人相風体ではないのだろうから。
※タカアシガニ【高足蟹】
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