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| デジタル三国志 |
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| ぶんぶんぶん - 小説 |
ハロルド坂田●前号までのあらすじ 写植屋一筋三十年、精力絶倫の大塚利夫と真面目で無欲なグラフィックデザイナー山ノ内四郎、その先輩の坂上龍一の三人は渋谷のサウナ『ピーチプラザ』で兄 弟の�ちぎり�を結ぶ。出版、印刷業界に吹き荒れるデジタルの嵐を乗りきるために。しかし、デジタル革命でズタズタになった人間関係は予想外の展開となっ て行く。 第3章◎不吉な予感 南青山の事務所に着くと、アシスタントデザイナーの荒木百合子が掃除をしているところだった。 「いやに早いねェ、どうしたの」坂上は部屋の時計を見上げながら言った。8時 分だ。(いつもは 時近くにならないと出てこない荒木が今の時間に掃除だなんて) 「社長、昨日はすいませんでした、赤目印刷の大島さんが原稿を取りに来たので渡しておきました」 荒木はいつもの元気な声で言った。(そう言えば昨日の夕方、出力センターにそのデータを渡した後、帰り道にサウナへ行ったんだっけ)坂上は『ピーチプラザ』での大塚、山ノ内との兄弟の�ちぎり�ですっかり昨日の仕事を忘れていた。
「大島さん、ずいぶん朝早いんだな、何か言ってたか」 「急いで現場にまわさないと納期に間に合わないって、慌ててました」 荒木は自分のせいで入稿が遅れたのに、事務的に答えた。(デジタルの嵐に巻き込まれて、最近の印刷屋さんも大変だな。)坂上は、昨晩のサウナでの会話を思い出しながら、つぶやいた。 デジタルの嵐にも色々あって、坂上の事務所の様なデザイン制作会社では、その作業そのものがデジタルに変わっているが、赤目印刷の様な中小の印刷会社は完 全デジタル化に踏み切るには、現状ではリスクが大きすぎる。したがって、今までの入稿の形態である版下と、新しいデジタルでのフィルムやフロッピーによる 入稿と、その時々によって対応しなければならない。だが、それにも増して大変なのが技術不足のデザイナーが作る不完全なデータだ。 何年もの経験を必要とする印刷の職人がやっていた作業を、デザイナー一人でやっているのだ。デザイナーによっては、嵐の中に竜巻が起こった様な混乱引き起こしてしまう。印刷現場での修正作業が大変なのだ。坂上の事務所の若いデザイナーにもそれが言えるのだった。 「社長、先ほどから三好さんがお待ちになってます」荒木の声が背中ごしに聞こえた。(何だろう、朝からあんな奴に会いたくないなァ)しぶしぶ坂上が狭い会議室をのぞくと、三好は暑苦しい顔でにこっと笑った、朝の日差しに三好の金歯が光り、一瞬坂上は目がくらんだ。 「坂上さーん、このあいだの強烈な蹴り、痛かったわよ。ずいぶんじゃない」 三好は何か思惑がありそうな、にやけた顔で言った。 「ゴ、ゴ、ゴメン、三好さんを助けようと思って、つ、つ、つい足が滑って」 坂上は苦しい言い訳をしながら、一週間前の事件を思い出した。 土曜日の午後、渋谷のサウナ『ピーチプラザ』は、終電に乗り遅れたサラリーマン、週休2日になって家族に粗大ゴミ扱いされはじき出された奴、得体の知れな い若者、老人達で意外にもにぎわっている。仮眠室に置かれた大型テレビの前には、大の男達が車座になって、おのおの競馬新聞をひろげている。パンツひとつ で頭にタオルを巻いている奴、バスタオルを巻いてあぐらをかいている奴、中にはスッポンポンの奴もいる。だいたい 、3人はいるだろう。競馬中継の始まる今の時間、この部屋はいつものメンバーで盛り上がっている。ただし、盛り上がるのは最終レースの着順が確定するまで で、その後はたいがい、捨てぜりふをはいて風呂に入ったり、ふて寝をしたり、黙って帰る奴がほとんどで、この仮眠室は急に静かになる。しかし、このあいだ の土曜日は少し様子が違っていた。 例の通り、車座になった男達の興奮は最終レースでピークに達していた。第4コーナーを回って直線に入り馬にムチが入る。本命不在のレースにふさわしく8頭 の馬がほとんど横一線に並んでゴールに向かってくる。男達はストリッパーの最後の1枚が脱ぎ捨てられる瞬間を見つめるように、テレビの画面を見つめてい る。中には、興奮のあまり股間のモノを直立させ、腰に巻いたバスタオルを突き破ろうとしている奴もいる始末だ。 「いけー」「何やってんだバカー」「たのむー、走ってチョーダイ」 ついには硬直した自分のモノをしごきだす始末だ。 次の瞬間、ゴール。 「チクショー」「ばかたれ」「金返せー、いかさまやりゃがって」 やがて仮眠室がいつもの静けさを取り戻そうとした時、 「ウッ、ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッー」 「ウッ、ウーウーウー」 こみ上げてくる、笑いとも、呻き声ともつかない、何かを必死に堪えている様なケモノに近い声が、部屋のすみの毛布の中から聞こえてきた。 「何だ、何だッ。誰だそいつは」 「ブヒッ、ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッー」 「ウッ、ウーウーウー」 毛布の震えがだんだん大きくなってきた。 「き、気味悪いなコイツ」 「競馬でスッて、気がおかしくなったんじゃないか」 「誰か、救急車呼べよ」 部屋全体が不気味な雰囲気になってきた。 「ちょっと待って下さい」フロア係の田中がバーのカウンターの中からヌーと出てきた。 「私が様子を見ます、救急車はその後にして下さい」 駆け寄って田中が毛布をめくろうとすると、突然、その震える物体は立ち上がった。 「アッ」 カウンターでビールを飲んでいた坂上は、かん高い声を出してしまった。 「三好だッ」 立ち上がった三好は、紫の地にオレンジ色のペイズリー柄の派手なトランクスの前を膨らませ、将棋盤のような四角い顔を男達に向けた。 「ヒェーッ」車座の後方でテレビ観戦していた男が叫んだ。三好と目が合ったのだ。男はあぐらをかいたまま後ろにつんのめり硬直してしまった。 三好は、充血した目をキッと見開いてオカマしゃべりの語気を強め、叫んだ。 「ブヒッ、ヒッヒッヒッ、マッ、マッ、万馬券を取ったのよ、万馬券を!」 「スッ、すると最終レースのイッ、1、4の二万七千三百円を取ったのかよ」 ロッカーの前で着替えていた若いサラリーマン風の男が振り向いて叫んだ。 「疑うんだったら、見せてやる」 三好は、ペイズリー柄のぱんつの小さいポケットから馬券を取り出し、突き出した。 「にっ、二十万円」若いサラリーマンが叫んだ。「二十万円というと、五百四十六万円!」 坂上も叫んだ。 三好は自分の枕元から小型のノートパソコンを取り出し、勝ち誇った様に差し上げて叫んだ。 「三好の競馬道場が、ついに完成したのよ!」 「その、競馬道場って何なんだよー」 若いサラリーマンは三好の気迫に圧倒されながらも聞き返した。 「見えない競馬が、見えて来るってことなのよ」 「だから、何なんだよ!」 二人のやりとりに休息室はだんだん異様な空気につつまれてきた。今まで浴室にいた連中もガラス越しに異変に気が付き、体も拭かずに休息室に入ってきた。 興奮状態に入った三好はしゃべり始めた。 「この三好の競馬道場は、出走表から、過去の出走レースまでマウスで簡単に検索出来るのよ。自分の欲しい条件でレース結果を検索集計出来るのよ」「その、自分の欲しい条件で検索って何だい」 サウナから出てきたばかりの中年のサラリーマンが聞いた。 「今までに見たことのない競馬の構造が見えてくるのよ。つまり、本命、中穴、大穴が思い通りに的中出来るのよ」 「だから、そのわけを知りたいんだよ、三好さん」 先ほどから冷静に聞いていた坂上がたずねた。 「よく聞いてくれた坂上さん。この三好の競馬道場はJRAのVANにインターフェースを持っているのよ、だからレース分析のためのデータ入力をしなくてす むの。自分では絶対作成不可能な詳細データを使って、人気薄の実力馬を一目で見つけだし万馬券、十万馬券の出現サイクルと合わせて、的中させることが出来 るのよ」 若いサラリーマンが、自分に言い聞かせるように言った。 「つまり、万馬券を当てたい人が、万馬券の出るレースだけに絞って馬券を買うことが出来るんですね」 「ようやく分かった様ね。勿論、レース状況に応じた買い方もできるのよ、超確信1点勝負、確信3点勝負、軸馬信頼流し勝負、軸馬見切り勝負、対抗馬見切り勝負、大波乱穴狙い、何でもこのソフトを使えばプラス馬券を予測出来るのよ」 三好は万馬券をトランクスにしまいながら満足そうに応えた。 「三好さん、そのソフトを、俺にもコピーしてくれないか」 「三好、独り占めするなんて汚ねーぞ」 「はったりだー、1回当たったぐらいじゃわからねー、まぐれかもしれねーぞ三好」 マスコミや雑誌の編集者、デザイナーや印刷関係者が多く、みんなが顔見知りのこのサウナでも、三好の評判は悪かった。 「何よッ、デジタル難民が!」 三好は、仮眠室の男達全員を敵にまわし怒鳴り散らした。 「200年前の産業革命以来の社会変化が起こっているときに、アンタ達サラリーマンは毎週々懲りもせず競馬だのパチンコだのいい気なものよ、仕事をサボっ てこんな所で時間潰ししててもちゃんと給料もらえるから立派よね。これまでは経験と実績で何とか会社を騙せてきたけど、デジタル情報時代の今はパソコンの キーボードすら叩けない奴は会社は必要としてないのよ。デジタル窓際族のアンタ達にアタシの事をとやかく言う資格はないのよ」 いつのまにか車座の中心に来て、三好は叫ぶように喋った。 「この三好の競馬道場は、今、部屋のすみに転がっている2人のプログラマーとアタシの3人で、血の出る様な思いでつくりあでたのよ。最終の仕上げに手間取って4日間貫徹したけど、ようやく今日の明け方完成したのよ」 確かに、部屋の隅で2人の若い男が服を着たまま泥の様にねむっている。 (かわいそうに、監禁状態で作業させられたんだろう) 坂上はつぶやいた。そして、三好に聞いた。 「三好さんの会社はデザインの制作会社だろう、何で競馬のシュミレーションソフトなんかに手をだすんだよ。本業だってずいぶん稼いでるんじゃないの、荒っぽいやり方で」 「稼いで何が悪いのよ。アタシはもっともっと稼ぎたいのよ、制作会社なんて、いくら稼いでもたかが知れてるわ。この三好の競馬道場で一発当てて、コンピューターソフト業界に殴り込みをかけてやるのよ」 休息室にいる連中が、一斉に騒ぎ始めた。と、その時、三好の隣りで黙って聞いていた青白いやせ形のサラリーマン風の男が、いきなり三好の派手なペイズリー柄のトランクスをずり下ろした。 「あっ、いやっ」 一瞬、三好がひるみ、手に持っていたパソコンを落とした。床に落ちる瞬間、三好の足元でパソコンをキャッチして、男はロッカー室の方へ逃げ出した。慌てた 三好はパンツを下ろしたままその男に飛びついた。そこへ別の男がパソコンを引ったくろうとする、そこへ又別の男がかぶさってくる。仮眠室は、競馬に負けた 憂さ晴らしと重なって、大騒ぎとなった。坂上もどさくさにまぎれて、三段重ねの鏡餅の様な三好の腹に蹴りを一発入れて、そそくさと自宅に引き上げたのだっ た。
そんな事件があった後、昨晩の『ピーチプラザ』での山ノ内と大塚との話の中でも三好の競馬道場の発売が遅れているらしいと話題にはなったが、その後どうなったかは誰も知らなかった。そんな三好が俺に何の用事があるんだろう。坂上はいやな予感がした。 「実は、頼みがあって来たの聞いてくれる」 上目使いに三好はいった。坂上が聞き返そうとしたとき、荒木百合子がコーヒーをもって入ってきた。 「百合子ちゃんありがとう」 三好は爬虫類の様な目を荒木に向け言った。見ると三好のコーヒーカップにはミルクが2個付いている、砂糖は無い。(俺のはブラックだと分かっているとしても、なんで奴の好みまで荒木は知ってるんだろう。三好は初めて俺の事務所にきたはずなのに) 一瞬、坂上は昨晩の山ノ内と大幡のり子の話が頭をよぎった (いやいや、まさか 歳の荒木がこんな三好と。きっと俺が来る前に奴の好みを聞いてたんだろう) 「何ですか、頼みって」 「実は、毒留さんを一週間ばかり貸してもらえないかしら」申し訳なさそうに三好言った。 「例の、三好の競馬道場がうまく行ってないの。何回テストしても同じ所でバグがでるのよ、うちのプログラマーじゃ手に負えないの、お願い」三好はバツの悪さをごまかす様にコーヒーにミルクを入れながら言った。 「冗談じゃないですよ、ウチだって忙しいんです。毒留だって来週中に締め切りを控えてるのが3本もあるんですよ、今朝だってまだ渋谷のサウナで倒れてますよ」 「そこを何とかお願い、うちの会社はこのソフトに賭けてるのよ、来週中にプレス工場に廻さないと、販売会社からのペナルティーで大損することになるのよ」三好はだんだん本性を現してきた。 「毒留さんだったら何とかなると思うの、ウチのプログラマーはもう使いものにならないの、何とかして欲しいの、坂上さん」 「何とかしてって言われてもアンタだってこの間万馬券を取ったじゃないか、少しぐらいのペナルティーなんてどうって事ないでしょう」 「何言ってるのよ坂上さん、あんなのとっくに会社の資金繰りにブチ込んだわよ」 三好はふてくされて言った。何だ、以外と三好の会社もせっぱ詰まってるんだなと坂上は思った。 「そんなのあんたの身からでた錆じゃないか、アンタんとこのスタッフだって無茶苦茶な使い方をされて、みんな泣いてるって言うじゃないの、地道にやってるこっちには関係ないことですよ」 「分かったわよ、もう頼まない、そのかわり後でどうなっても知らないわよ、覚えてらっしゃい」 三好は完全に開き直った。 四角い顔をひきつらせ椅子から巨体を持ち上げると、狭い事務所の壁やら、扉やらにぶつかりながら、事務所を飛び出し、通りに停めていたミニクーパーに飛び乗ると急発進して走り去った。 「むちゃくちゃな奴だ、何も起こらなければいいが」5階の窓から見下ろしながら坂上はつぶやいた。 三好も社会変革だと言っていたが、それ以上の嵐が、今、業界を吹き抜けようとしている。産業革命以来、一部の資本家達が富を独占し、大衆と呼ばれる労働者 達はベルトコンベヤー式に大量生産、大量消費してきた。その画一化された社会の中では、将来の夢や希望と言ったものとは、だんだん疎遠になってきた。今ま でのサラリーマンたちは企業の保護のもとに、最低限の将来設計や、老後の補償があった。生かさず殺さずである。ところが、このデジタルの嵐は、努力さえす れば誰もが富を手に入れるチャンスがあり、ベンチャー企業として成功できるのだ。あの三好も必死に這いあがろうとしている一人なのだ。そのかわり社会は合 理化、リストラ、リエンジニアリングと言った突風を吹かせ、容赦なく今までの生活を根底から揺さぶりをかけて来た。人間同士のナマの会話が無くなり、人間 関係までもズタズタにしてしまっている。 そんなことを考えながら窓の外を見ていると、スクーターに乗った大塚がビルの地下駐車場に入って行くのが見えた。 「大塚さんと山ノ内と俺の三人で一体何が出来るんだろう」 坂上はいつものあわただしい仕事の準備にとりかかった。 9月の末になっても真夏の様な日が続いている、相変わら暑かったが朝の空は一面曇っていた。山ノ内は空を眺めながら心の中にも暗雲がたちこんでいるのを感じ、サウナ『ピーチプラザ』をあとにした。(今日は仕事したくないァ。昨晩の酒も残っているし) 山ノ内はバイクを三軒茶屋のマンションに向かって走らせた。走りながら、昨晩のサウナの�ちぎり�について考えた。 (坂上さんと大塚さんと俺、三国志で言うと劉備、関羽、張飛と言うことになるけど誰が誰なんだ。三人ともイメージが違うじゃないか、それに諸葛孔明はどうなるんだ) 二日酔いの頭ではあまり深く考えられない。視点を変えて山ノ内は三人の共通点について考えた。 (そうだ、バイクだ。戦国時代の彼らの馬と今のバイクは同じかもしれない、お互いにその�馬�についてはかなりこだわってる。関羽は一日千里を走り、絶対 に敵に捕まることはないといわれる駿馬『赤兎』、これは三国志最強の男と言われる呂布が乗っていた馬だ。俺の好きな趙雲も長坂坡の戦いの時に、曹操軍百万 の大軍の中をただ一騎で劉備の子、阿斗を抱いて駆け抜けた。その劉備も一日千里を走る名馬『的廬』に乗っていた。もっともこの馬は持ち主に災いをもたらす 凶馬だったな) それから曹操や孫堅は誰だろう、と考え始めたころ自分のマンションが見えてきた。 (今日は一日寝てよ) バイクをいつものようにマンション前の路上に止め、3階の自分の部屋のドアを開けようとすると鍵がかかってない。もしかして、のり子が来てるのか。山ノ内の部屋の鍵を持っているのは、ほかにいない。 そっとドアを開け中に入ると、彼女のブーツがある。案の定ソファーでぐっすり眠ってる。一体どういうつもりだ。視線を彼女から部屋の中へ移し一通り見渡すと、どうやら昨晩から来ているらしい。(俺が事務所を飛び出したあと追っかけて来たんだな) 山ノ内はのり子の白いミニスカートから伸び出ている小麦色に日焼けした細い足に目をもどした。以前、山ノ内はのり子に言った事を思い出した。 「俺ね、白のミニスカートにブーツの女を見ると欲情するのよ、何だか知らないけど、ミニの開放感とブーツのサディスティックなところがいいのよ、勿論パンティーも白に限る」 それからと言うもの、のり子は週に三度はミニスカートにブーツだ。バイクの後ろに乗る時もミニだ。のり子も人に見られるのが平気だった。ミニスカートで ブーツをはいたままこのソファーで愛しあったことも何度かあった。なのにあんな三好なんかのために、どうして俺を裏切るんだ。思い出すと腹が立ってきた。 窓をしめきっているせいか少し蒸し暑い、彼女がいつもつけている柑橘系のコロンも何だか気分が悪くなりそうだ。 「起きろ、どういうつもりだ。あんな事しておいてまだ俺に用があるのか、さっさと出てけ」山ノ内は自分の気持ちが揺らぐのが恐かった。自分の気が変わる前 に怒鳴った。そして、乾燥機の中に3日前から入れっぱなしになっていた彼女の下着を掴み取ると、まだ寝ぼけているのり子の顔に投げつけた。 「ごめんなさい、私の話も聞いて!」 「嫌だ!」 山ノ内はのり子とこんな事になるなんていままで考えた事もなかった。昨晩からせっかく立ち直ろうとしているのに、考えるとまた気が重くなった。 「三好さんとは、前に勤めていた会社の時から、お兄さんみたいにして、色々と相談にのってもらってたの、四郎さんの言うような変な関係じゃないの」 「バカ野郎!俺の大事なデータを盗みやがって、何がお兄さんだ、おまえの家系はお兄さんとラブホテルにい行くのかよ」 山ノ内は呆れて怒鳴った。 「あ、あれは、み、三好さんに相談があるって言われて」 のり子は伏し目がちに言った。「いい加減にしろ、俺のデータを三好に渡した事は昨日事務所で白状したじゃないか」 「だから、それは、あの人にどうしてもって頼まれて、断れなかったの」 この場に及んで、のり子はまだ言い訳をしようとする。 「今さら言いたくないけど、俺の事務所に来る前にヨーロッパ旅行に行ってたろう、それもあの三好と一緒にな」 言葉を返したい気持ちをこらえて、のり子は山ノ内の言うことに唇をかみしめた。自分の本性が暴かれ、観念した様にも見えた。山ノ内は続けた。 「あえて口には出したくなかったが、俺の事務所に雇ったのが間違いだった。三好とおまえの関係が分かっていれば雇わなかったんだ。そんなおまえを好きになった俺がバカだったよ」 長い間、のり子は一言も口をきこうとしなかった。 途中で山ノ内が何か言おうとしたが、何か彼女の中で一つの決意がしっかりと固まっていくのが分かった。 「わかった」 その一言をきっかけに、のり子は立ち上がった。 「何が、分かったんだ」 山ノ内はつい聞き返した。本当に自分からこの女は去って行くと思ったとたん、何だか寂しくなったのだ。のり子はこれまでの事がクライマックスに達した様に言った。 「あたし知らないから。四郎さんがどうなっても」 山ノ内は、その奇妙で謎めいた忠告を聞きながら、部屋を後にするのり子を見送った。 (以下次号) |

