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| 猫にはカツオブシ |
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| 作者 Administrator |
| 2009年 5月 28日(木曜日) 21:34 |
硬結田信樹(かたゆたしのき)我が家の猫は、たぶん雑種だ。路傍のダンボール、よくある捨てられ方で雨に濡れていたのを、僕が拾ってきた。高価でもなんでもない。だからはじめはその電話を、なにかの冗談だと思った。 鼻をつまんでいることが想像できるあきらかな作り声が、こういった。 「お宅の猫を預かっている。返して欲しくば俺のいう通りにしろ。今から二四時間以内に鰹節を五百本用意して、応接間のテーブルの上に積んでおけ。それが身代金だ。取り引き方法は、また追って連絡する」 夜になって会社から帰ってきたとうさんにこのことをいうと、とうさんの目も点になった.。でも現実に猫……名前はデンスケ……は、三日ほど前からいなくなってしまっていた。だからとうさんは電話を信じたようだった。 「また連絡するっていってたから、警察に知らせて逆探知をしてもらおうよ」 僕の提案に大きく頷くと、とうさんは早速110番した。ただ、猫がさらわれたくらいのことで刑事さんが来てくれるなど、期待しないほうがいいだろう、とは僕も思っていた。僕だってもう中学生、その程度の常識はある。 案の定、電話を切ったとうさんは落胆の溜め息をついた。 「逆探知というのは、裁判官の令状がいるんだそうだよ。プライバシーに関わることだから、滅多なことでは許可にならないらしい。猫の誘拐では無理だというんだ。まあでも、悪質ないたずらには違いないから、刑事さんを寄越すそうだ」 刑事さんが来るまで、とうさんは苛立っていた。デンスケを拾ってきたのは僕だけど、とうさんのほうがずっと可愛がっていた。心配なんだろう。 とうさんは、実をいうと僕の本当の父親ではない。僕の実父は僕が生まれるとすぐに死んで、それから何年かして、母がこのとうさんと再婚した。そしてまた何年かして、今度は母が死んでしまった。僕は両親を失って悲しかったけれど、でも、とうさんがいてくれたから、そのあとも幸せに生きてこれた。とうさんには、すごく感謝しているんだ。 デンスケを拾ってきたときも、とうさんは僕の心の寂しさを見透かすみたいにして、頭を、ちょっと不器用に、ぐりぐりと撫でてくれた。 「可愛がれよ。責任持って面倒みてやるんだぞ」 そんなふうにいってくれた。 ところが今じゃあ、とうさんがデンスケの面倒を全部みるから、僕の出る幕がない。少し不満だけど、とうさんも寂しいのかな、と思って、好きにさせている。とうさんも、愛情を注ぐ相手が僕だけじゃ、ちょっとものたりないんだ、きっと。からだ中にやさしさを詰め込んでいる人だから。 愛情を注ぐといえば、清美ねえさんととうさんは、どういうことになっているんだろう。僕、ねえさんのこと好きだから、かあさんになってもらえたら嬉しいんだけどなあ。おとなの恋愛は、よくわかんないや。あ、今はそんなこと関係なかった。 刑事さんが来た。オジさんと青年の二人連れで、どちらも目が鋭かった。とうさんは「お待ちしてましたよ」といって、二人を応接間に通した。「待っていた……?」と、二人揃って眩いたように、僕には聞こえた。 明日になれば鰹節が山と積まれるだろう応接間で、僕ととうさんと刑事さん達は向き合った。隅のほうに立て掛けてある楽器のハードケースを見て、若いほうの刑事が「ほう」と嘆声を上げた。 「コントラバスですね」 「ええ、アマティ作ですよ。宝物でね、これだけは倅にもさわらせんのです」 「ひえっ! アマティかあ」 ちょっと羨ましそうな声だった。この人もべーシストなのかもしれない。お隣りの健次にいちゃん……大学のサークルでジャズをやっている……と同じ目、レンブラントの名画を観賞するようなウットリした目で、しばらくケースに見耽っていた。 「それはそうと、このお宅には車庫があるのに、車は見当たりませんね?」 「え、ええ……。先日、ガードレールにぶつけまして。今、修理中です。返ってくるのは一週間ほど先のことでして」 事故を起こしたとき、とうさんは少しお酒を飲んでいた。それを思い出してか、恥ずかしそうに下を向く。 「さて、本題に入ります」 オジさんのほうがそういった。 「坊やにはちょっと席を外してもらおうかな」 とうさんが目くじらを立てた。 「なにをいってるんです。この子にとっても重大事だ」 「失礼ですが、先程からなにか勘違いをされていませんか。きょうお伺いしたのは人捜しでして。前原清美さん、ご存じでしょ?」 とうさんが目を丸くした。動揺しているみたいだ。 「知っています。私の同僚だ。ここ二〜三日、欠勤しているようですが……」 「行方不明なんです。三日前、あなたとご一緒に会社を出られた。そこから先が、ね、不明なんですよ」 それから刑事は僕のほうを見た。すぐにとうさんのほうへ視線を戻す。すると交替でとうさんが僕のほうを見た。向こうへ行ってなさい、とその目はいった。 僕は自分の部屋に籠らざるをえなくなった。 三日前、清美ねえさんは我が家へやって来て、手料理を作ってくれた。応接間で、三人でそれを食べた。とてもおいしかった。とうさんもねえさんも浮き浮きしていたけど、僕がトイレに行って戻ってくると、どういうわけか壮烈な口喧嘩が始まっていた。 「おまえは部屋に行ってろ!」 とうさんが僕にそう叫んだ。僕は泣きながら部屋に駆け込んだ。 少しして、玄関が雷みたいにガラガラピシャッと音を立てた。なんだか知らないけど、ねえさん、怒って帰っちゃったんだ。それからまた一時間くらいして、もう一度玄関の開く音を聞いた。 部屋を出て玄関に行くと、とうさんが靴を脱ごうとしていた。 「清美は、帰ったか?」 とうさんは呟いた。さっき出ていったのはとうさんのほうだったらしい。二人で応接間に戻ると、清美ねえさんの姿はなかった。とうさんが飛び出して帰ってくるまでの間に、出ていったようだ。 それから先、清美ねえさんは、どうしてしまったんだろう? ベッドに横になって考えた。そして、飛び起きた。 僕は喉が渇いていた。からだ中の水分が、みんな両目に集まってしまったせいかもしれない。僕は悲しかった。大変なことに気がついてしまったのだ。 とうさんに自首を勧めなくては。僕はそう思った。 あの日、とうさんと清美ねえさんがどうして喧嘩になったか、僕は知らないけれど、逆上したとうさんは、首を締めるかなにかして、きっとねえさんを殺してしまったんだ。車に乗せてどこかへ運び出そうとして、気がついた。我が家の車は、今修理中だ。死体の始末に困ったとうさんは、とりあえずコントラバスのケースに詰め込んだ。楽器は、健次にいちゃんに預けたんだ。にいちゃんなら、喜んで預かる。 とうさんは悩み抜いた。 死体をどうしよう……。車の修理が終わる頃には屍臭が凄いことになるぞ。それまで楽器ケースに入れっ放しというわけにはいかないな。だいいち、デンスケがすぐに嗅ぎつけて楽器ヶースにまとわりつくだろう。そうすれば倅も妙に思うに違いない。いや待て……デンスケだって? そうか、デンスケか。 そこでとうさんは考えたのだ。鼻の利くデンスケを家から追い出し、屍臭をカムフラージュする一石二鳥の名案! デンスケは誘拐されたことにしてどこかに預ける。今は、海外旅行の間だけペットを預かる、というような商売があるって聞いたことがあるから、きっとそんな所だろう。そして身代金の鰹節五百本。これを死体と同じ応接間に置いておく。なにせ五百本だ。相当強烈な臭いがするだろう、屍臭も包み込むほどの。そして車が戻ってきたところで、どこかへ死体を始末しに行けばいい……。 脅迫電話の声が、とうさんでなかったとは、僕にはいいきれない。いや、疑ってみるとむしろ、とうさんに似ていた気がする。とうさんは、万が一、かっとなって人を殺してしまったとしても、その罪から逃れようなんて、本当は考える人ではない。で も、とうさんは僕のことを考えた。 僕がいるからなんだ。とうさんが刑務所に入ってしまったら、僕は本当に独りぽっちになってしまう。だから、絶対に捕まるわけにはいかない、と、とうさんは思ってしまったんだろう。けれど、それは間違いだよ、とうさん。 僕は応接間に戻った。刑事はまだいた。妙にとうさんと打ち解けた雰囲気を出していた。とうさんがうまく丸め込んだのだろう。 無駄な努力だよ、とうさん。 みんなが、なにしに戻ってきた? という目で僕のほうを見た。 僕は視線を無視して、コントラバスのケースに歩み寄る。 「お、おい!なにする気だ!?」 とうさんが叫ぶ。僕はおかまいなしにケースを開けた。その中から、僕のほうにどっと倒れてきた、コントラバスが……。 翌日、清美ねえさんは我が家へやってきた。 「あの日はね、わたし、少し苛立ってたのよ」 少し顔が赤くなった。 「あの日こそは、あなたのパパがわたしに、あなたのママになるように頼んでくれると思ってたのに、この人ったら……」 横でとうさんが咳払いした。ねえさんは続ける。 「お料理作ってるときにね、デンスケがお台所に入ってきて、お皿のさかな食べちゃったの。それでかっとして、デンスケをひっぱたいたのよ。そしたらデンスケ、ぐったりしちゃって。慌てたわ。変なところ叩いたんでしょうね、きっと。 医者に診せなきゃ、と思ったんだけど、せっかくあなたのパパとあなたと、これから楽しくお食事しようと思ってたところだから、こんな猫に邪魔されてたまるもんですかって、そのときは思ってしまったの。だからお隣りの健次さんに、デンスケをそっと病院に連れていってもらって、あなたたちには知らん顔していたのよ。ところが食事中にパパがデンスケのこと思い出しちゃってね、しかたなく本当のこといったら、もうカンカン。散々わたしを叱って、病院に駆け出したわけ。 わたしも反省したわ。デンスケはここの家族の一員なのよね。大事な家族よね。ここの家族の一員にわたしもなりたがってたくせに、なんてことしたんだろう。 次の日病院に行ったら、デンスケはしばらく入院が必要だっていうから、そのままわたし、つきっきりの看病についたの。でも、無断欠勤を続けたのは軽率だったわ。猫の看病で休みますなんて、いい辛かっただけなんだけど……。部長ったら、警察に届けるんだもの」 「そりゃ心配するよ」 とうさんが口を出した。 「俺も刑事が来るまで無断欠勤だとは……」 「ごめんなさい。わたし、本当に迷惑ばっかりかけて」 清美ねえさんは消えそうな声でいって、僕のほうへ目を向けた。 「でも、あなたのパパって本当にいい人ね。わたしが暴力を振るったからデンスケが入院したとは、あなたにはいわないで済まそうとした。あなたにそれをいうと、わたしも辛いけどあなたももっと辛いだろうと思って」 「デンスケがいなくなった理由をでっち上げる必要が生じたってわけだね。でもそれにしたって、誘拐だなんて、そんな狂言くむことは……。だいたい、なんだって身代金が鰹節五百本なのさ」 「そりゃまあ、猫にはやっばり鰹節。突拍子もないほうが、おまえも信じるんじゃないかと思ったし……」 僕がむくれると、とうさんは頭を掻いた。でも、とうさんには借りを作ってしまった。 ねえさんにも。僕は、とうさんがねえさんを殺したと、本気で疑ったのだ。 刑事の前でコントラバスケースを開けたのは、寝ぼけていたのだ、というふうにごまかしてある。だから僕の抱いた疑惑を二人とも知らないはずだけど、でも、借りは借り。きっちり返すからね。一生、親孝行します。 だからとうさん、ねえさんをさっさとかあさんにしておくれ。 |
| 最終更新 2009年 6月 30日(火曜日) 21:26 |


