木曜日, 09.09.2010


本を捨て、野に出て宝を探そう ! PDF 印刷
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ぶんぶんぶん - エッセイ

廣中克彦

 私は本屋さんの店頭で、埋蔵金というタイトルを見ると、必ず買い込みます。つい昨年もどこかのテレビ局で、赤城山を盛んに掘っては「出るぞ、出るぞ。」と宣伝し視聴率を稼いでいました。

 これまたウサン臭くて高名な某デザイナーと俳優が尤もらしい理屈を述べて、善良でお金に飢えた庶民を欺いていました。しかし、付け焼き刃の知識で見つけられるほど、このテーマの埋蔵金は簡単に出てきません。

 案の定、数億円も使ったこのプロジェクトは失敗でした。私はずっと大昔からこの手の話に興味を抱いて、いつか徳川埋蔵金の謎を解くべく日々研究してきましたから、時期到来とばかり推理に熱中しました。

 そして、最近になって遂にその答えを得たのです。

 このような宝さがしをトレジャーハンティングといいますが、私のは推理するだけです。現地にも行かず、掘りもしません。あくまでも机上の推理だけです。

 しかし私の推理した結論は、未だ誰も考えず思いつかなかった画期的なものです。

 これについて既に原稿を書き、いずれ本にするつもりですが、とりあえず「ぶんぶんぶん」を読まれる皆さんに要旨をお知らせしますので、もしその気があったらぜひ現地に行かれて捜してみてください。

 そして見つかったら、そっと私だけに詳しい内容を教えてください。コーチ料はいりません。ただあなたの体験を成功の実例として、本の最後に載せて頂ければ、幸いです。

 さて、世情ではこの幕末に埋められた徳川埋蔵金は二十兆円だと言う人もいますが、私の得た結論は約百万両の小判で、時価三百億円です。埋めた時期は今から百二十年以上前の慶応三年頃と推定されます。

 埋めた人物は小栗上野介、当時の勘定奉行であり、陸軍・海軍両奉行をも兼ねた三十代の俊英です。あの大老井伊直弼に大変目を掛けられていたと言われています。

 彼は勝海舟と意見が対立し、最後まで薩長(官軍)と抗戦すべしという立場を取ったために、頑迷で偏狭な性格との説がありますが、それは誤りで気性がまっすぐで純粋な人です。

 そして、日本で最初に株式会社を作った近代性をも兼ね備えた人物です。とにかく頭が切れて先見の明があり、また数字にも強いという点に留意してください。

 彼は徳川家康から代々仕えた直参旗本、それも三千石の大身の嫡男です。江戸城を明け渡して恭順すると決めて退出する将軍慶喜の袴の裾を握って、「なにとぞ、お心なおしを……」と縋ったほどです。彼は幕臣中で、たった一人官軍に切られたことでも有名です。

 したがって彼が埋蔵したお金は、幕府最後の決戦のための軍用金です。

 彼は将軍の裾を掴んで、泣いて翻意を促すというまことに許し難い行動の結果、直ちに役職を罷免されました。一ヵ月後、屋敷を畳んで国へ帰るのですが、屋敷の玄関前に飾ってあった大砲を引いていたことが、官軍に「謀反の意あり」とされて、群馬県権田村(今の倉淵村)で出頭したところを即日斬首されています。

 さて、江戸城に乗り込んだ官軍がさっそく金蔵を点検したところ、小判一枚もなく、問いつめられた勝が「なにしろ、財務はすべて小栗殿が仕切られていて、分からぬ。」と答えたために、疑われていたようです。

 それにしてもなぜ彼が権田村へ行ったのかという謎です。彼の領地で最大のものは下野(栃木県)にあるのに、群馬県倉淵村権田だったのかが、この答えになります。

 軍資金の埋蔵金は手元に置くもの、彼がどうしてもそこに行きたかった最大の理由は、『そこにあるから』なのです。

 徳川巨額の埋蔵金伝説には、同じ群馬県でも赤城山周辺に関するものが多く、また資料が多数あるので、例えば親子三代百年以上も赤城の津久田原を掘った人もいるくらいです。

 しかし、あのテレビが『そこにはない』ということを証明してしまいました。

 さて、私の結論ですが、とにかくこの埋蔵金はいわゆる八門遁甲などという難しい秘法では隠されてはいない。土中深くでもない。

 おそらく洞窟で、入口を石で隠す程度、地中でもせいぜい三メートル以内でしょう。

 用意するものは小さな望遠鏡とスコップがあれば、間に合います。見つかった時のために、車でいくのが便利です。

 初夏のいい天気の朝、出発して日帰りで帰れるコースです。仲間を数人も集めれば、OKですし、なくてもいいドライブになります。

 高崎から国道406で一時間半、倉淵村の権田にある観音山台地へ行って、用意した望遠鏡で回りを見渡してください。

 私の推理では、小栗上野介はその場所から遠くても四キロ以内の地点を選んでいます。

 そこからよく見える場所なのは、間違いありません。

 この雑誌を愛読する人達は、みな心やさしくそして貧しいはずです。バブルにも縁がなく宝くじにも縁がない。そこで、私はこの小雑誌が発展するために、懸賞を設けたらと考えました。

 残念ながら、私にも資金を出す余裕はない。そこで本になる前に、愛すべき皆さんにこの秘密の答えをお教えする次第です。

 「なぜ、自分でやらないのか。」とのご質問が出るはずてす。

 それにお答えして、これを終わります。

 「私の本職は電気工事です。つい、数年前まで土を掘り起こしていたのです。もうこの歳になると、その類の労働は考えたくもありません。たとえ、三百億円の金色の小判があると判っていても、いやなのです。」