火曜日, 07.09.2010


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ポテトチップスの午後 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

高島 平

 マンモス団地の脇にある公園は、日曜日の午後にも関らず、いつもよりは閑散としていた。ブランコに乗っている幼児が、その母親らしい女に背中を押され、キャッキャッと声をあげているほかは、二人の老婆がベンチに腰かけてスナック菓子の袋を片手に、何やら世間話をしている程度だ。

「平和なものだ……」

 服部貫一は久々の休日を公園の散歩でも楽しもうと、ブラブラ歩いていた。

 老婆たちが座っているベンチの前を通ろうとしたときだった。老婆の手からスナック菓子の袋が力サッと音を立てて、貫一の歩調にぴったり合わせたように落ちた。

 あっ、と思った瞬間、お菓子は無残にも貫一のスニーカーの下敷きになってグジャッと悲鳴をあげ、眠たげな午後の空気に細い亀裂が走った。

 袋の中身は半分ほど粉々になっていた。

「ああ、おばあちゃん、ごめんね」

 貫一は菓子袋を拾い上げ、老婆の一人に渡した。

 老婆は無言のまま、手渡されたポテトチップスの残骸が入った袋をうらめしそうに見ていた。

 もう一人の老婆が貫一を見上げて、歯のない口でニャッと笑い、貫一のズボンの股あたりを雛くちゃの指で引っ張った。貫一はその手を払いのけたい衝動にかられたが、思いとどまって少し後ずさりしながら老婆の手を軽く握り返し、そのまま愛想笑いをしてやり過ごした。

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作者 Administrator   
2009年 6月 26日(金曜日) 10:08

桐生たう

 新しい仕事は悪くなかった。そうでも思わなければ仕方がない。全てを失って全てが新しく、それがどんなものでも私は受け入れなければならなかった。

 引っ越し先にはまだ荷物は届いていなかった。私は家の中を見て回った。床は薄陽を映していてうるさく靴を鳴らした。寝室を兼ねた書斎は狭く、机は備え付けの家具にしては上質すぎるように思えた。使い込まれた感じで小さな傷が幾つもあり、その一つ一つが色濃く浮き出ている。この机でどれだけの人が本を読み、趣味に没頭してきたのだろうか。しかし私にとってここは眠るための部屋でしかなかった。

 私は椅子に座り煙草に火を点けた。机の上は磨きあげられていて、これから荷物で埋め尽くされてしまう事が残念に思えた。以前ここに座っていた彼らに整頓してくれる相手はいたのだろうか。

 引き出しを一つ一つ開けたみた。木の擦れる感触が指に滑らかに伝わる。きちんと蝋が塗られているのだろう。私は中央の引き出しを開けた。何もないはずのそこは、一冊のノートと小さな灰皿が入っていた。私は灰皿を取り出し煙草をもみ消した。

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猫にはカツオブシ PDF 印刷 Eメール
作者 Administrator   
2009年 5月 28日(木曜日) 21:34

硬結田信樹(かたゆたしのき)


 我が家の猫は、たぶん雑種だ。路傍のダンボール、よくある捨てられ方で雨に濡れていたのを、僕が拾ってきた。高価でもなんでもない。だからはじめはその電話を、なにかの冗談だと思った。

 鼻をつまんでいることが想像できるあきらかな作り声が、こういった。
「お宅の猫を預かっている。返して欲しくば俺のいう通りにしろ。今から二四時間以内に鰹節を五百本用意して、応接間のテーブルの上に積んでおけ。それが身代金だ。取り引き方法は、また追って連絡する」

 夜になって会社から帰ってきたとうさんにこのことをいうと、とうさんの目も点になった.。でも現実に猫……名前はデンスケ……は、三日ほど前からいなくなってしまっていた。だからとうさんは電話を信じたようだった。

「また連絡するっていってたから、警察に知らせて逆探知をしてもらおうよ」

 僕の提案に大きく頷くと、とうさんは早速110番した。ただ、猫がさらわれたくらいのことで刑事さんが来てくれるなど、期待しないほうがいいだろう、とは僕も思っていた。僕だってもう中学生、その程度の常識はある。

 案の定、電話を切ったとうさんは落胆の溜め息をついた。

「逆探知というのは、裁判官の令状がいるんだそうだよ。プライバシーに関わることだから、滅多なことでは許可にならないらしい。猫の誘拐では無理だというんだ。まあでも、悪質ないたずらには違いないから、刑事さんを寄越すそうだ」

 刑事さんが来るまで、とうさんは苛立っていた。デンスケを拾ってきたのは僕だけど、とうさんのほうがずっと可愛がっていた。心配なんだろう。

最終更新 2009年 6月 30日(火曜日) 21:26
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森で PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

高柳あきら

 それは、蒼く蒼く、深い深い森の夜。月光も凍てつく森に、彼はやってきました。
 私はその夜、初めて彼を見ました。

 もしかしたら、彼はもうずうっと前からこの森に足を運んでいたのかもしれません。でも私にはわかりませんでした。一日も早くさなぎになりたくて、夢中で樹液を吸う毎日だったのですから。

 月の光は不思議です。その夜は今までに見たことのないほどの、白く透きとおった光。何か信じられないようなことが起こったとしても、素直に受けとめられそうでした。(例えば私が白鳥になってしまうとか!)

 そんな夜、私はさなぎになりました。そして彼の姿に初めて気がついたのです。

 彼はゆっくりと歩いて行きます。真っ白いキャンバスを抱えて、草を柔らかな音で踏みしめながら。そして(まさにそこが運命の場所であるかのように)立ち止まると、丁寧にキャンバスを立てました。

 夜の森に白いキャンバス。まるで月がそこだけを照らしているような、そうでなければ、キャンバスが月光を吸い込んでいるかのようでした。

 彼はぐるっと一回り、森を見渡しました。もちろん私に気づくはずなどありません。広い森の中のちっぽけな私。手を動かすことも足を動かすこともできない、私はさなぎ。

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デジタル三国志 PDF 印刷
ぶんぶんぶん - 小説

ハロルド坂田

●前号までのあらすじ

  写植屋一筋三十年、精力絶倫の大塚利夫と真面目で無欲なグラフィックデザイナー山ノ内四郎、その先輩の坂上龍一の三人は渋谷のサウナ『ピーチプラザ』で兄 弟の�ちぎり�を結ぶ。出版、印刷業界に吹き荒れるデジタルの嵐を乗りきるために。しかし、デジタル革命でズタズタになった人間関係は予想外の展開となっ て行く。

第3章◎不吉な予感

 南青山の事務所に着くと、アシスタントデザイナーの荒木百合子が掃除をしているところだった。

 「いやに早いねェ、どうしたの」坂上は部屋の時計を見上げながら言った。8時 分だ。(いつもは 時近くにならないと出てこない荒木が今の時間に掃除だなんて)

 「社長、昨日はすいませんでした、赤目印刷の大島さんが原稿を取りに来たので渡しておきました」

 荒木はいつもの元気な声で言った。(そう言えば昨日の夕方、出力センターにそのデータを渡した後、帰り道にサウナへ行ったんだっけ)坂上は『ピーチプラザ』での大塚、山ノ内との兄弟の�ちぎり�ですっかり昨日の仕事を忘れていた。

 

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